「図書館の天使」の出典について

経緯

長らく「図書館の天使」という概念とその主唱者について調べており、その中でまとまった情報源に当たることができたので書き留めておきます。

前提

まず、「図書館の天使」とは何かというところですが、シンクロニシティ(意味ある偶然性、複数の出来事があたかも意味があるかのように同時に起きること)に属するものとして知られています。

そして、その内容として小説家兼歴史家のレベッカ・ウェスト氏の報告として次のようなエピソードが紹介されます。

ある日、彼女が Fritsche という人物が関連するニュルンベルク裁判のある判例を調べるために王立国際問題研究所(チャタム・ハウス)に行ったが、目当ての本が見付からない。
何時間も探した後、疲弊しきった彼女は司書補佐のところに行って「探している本が見付からないのです。探している本はちょうどこのような感じの本なのですが……」と言いながら近くの棚からでたらめに本を取りだし、ページを開きながら説明した。
すると、たまたま手に取ったその本が目当ての本だっただけでなく、ちょうど開いたページまでもが目当ての情報が記述されているページだった。

あるいは、RURUアンケートにあった次のようなエピソードもあります(ケース1320)。

ある学者がアメリカのある講義に基づく書籍の出版準備をしていたが、急逝してしまった。その修正されていない手書き原稿は彼が書いた他のどの本よりも熱心に取り組んでいたものだった。
そして彼は、彼が亡くなった際はその息子が出版前に見ることができるように彼の友人の学者二人に頼むメモを残していた。
すると、不完全で根拠のない脚注がたくさんあった。参考文献などを検証するのに6ヶ月かかった。
そして最後に1つ大きな課題に突き当たった。それは36巻にものぼる膨大な「東洋の聖典(Sacred Books of the East)」の中からの引用だった。しかし、どの巻からの引用なのかが分からない。
そこで、学者が借りたと思われる3つの巻を図書館から借り、学者の父に「どうか助けて欲しい」と祈ってランダムに3つの巻のうちの1つのページを開いた。
すると、まさにそのページに探し求めていた引用箇所が記載されていた。

いずれのケースでも、「(そこに目的の情報があるとは)知らずにたまたま手に取って開いたページに探し求めていた情報があった」というもので、偶然による幸運、何かの思し召しを得たようなエピソードとなっています。

こうした意味のある偶然の一致、シンクロニシティのケースとして知られているのが「図書館の天使」になります。

ただ、概念や上述のエピソードは知られているものの、誰が言い出したものか、という点については、個人的に調べた範囲では概念の説明やエピソードの紹介ほど情報が多くはありません(それこそ、先の学者のケースのように典拠不明の引用が多い、という印象)。

そこで、気になって調べた次第。

調査結果

ネットで検索した限り、有力候補として挙がったのは Arthur Koestler の『偶然の本質(The Roots of Coincidence)』。次に、 Colin Wilson の『オカルト(The Occult)』。

そこでまず『偶然の本質』に当たりましたが、空振り。続いて『オカルト』にも当たりましたが、これまた空振り(概念・エピソードとしては類型は見られたものの、「図書館の天使」という単語は見付けられませんでした。ただし、『オカルト』に関しては分厚い本だったので何度も途中で挫折したためやや自信なし。また、『偶然の本質』も『オカルト』も和訳で読んだために原文と相違がある可能性は否定はできません(と言いつつ、そこまで大きな乖離は起こさないと思いますが))。

そして辿り着いたのが『The Challenge of Chance』。先の Arthur Koestler の他、 Robert Harvie, Alistari Hardy との共著で、章ごとに各人が著しているという本。この本に関しては和訳本がなさそうだったので、英文の洋書を取り寄せての調査となりました。

結果、 Arthur Koestler が担当する章 Anecdotal cases の中、 p.161 に “THE LIBRARY ANGEL” とずばりの節名を発見。その p.161~p.166 まで数ページにわたり図書館の天使(library angel)のエピソードを取り上げています。その中に、先に挙げたレベッカ氏(p.162)とRERUアンケートのケース1320(p.162~163)のエピソードも記載されています。

また、文中では library angels と複数形になったり、司書的な存在としての側面からか librarian angel という変化形も見受けられました。

この結果を得て、「”library angel” Arthur Koestler The Challenge of Chance」と検索すると、「The Challenge of Chance で Arthur Koestler が”library angel”と記した」という記述の記事がいくつかヒットしました。

これらを以て、『The Challenge of Chance』は「図書館の天使(library angel)」の単語を用い、かつまとまった情報を記している情報源として信頼できるものだと言えそうだと判断しました。

参考

書籍

  • 『偶然の本質』 Arthur Koestler 著(1972)、村上 陽一郎 訳、蒼樹書房 1974年第1刷・1991年第10刷発行
  • 『オカルト(The Occult)』 Colin Wilson 著(1971)、中村 保男 訳、株式会社平河出版社 1985年第1刷・1990年第5刷発行
  • 『The Challenge of Chance』 Arthur Koestler, Robert Harvie, Alistari Hardy 著、Hutchinson & CO LTD First published 1973

ネット

この記事を書いた人

アルム=バンド

東方Project から神社と妖怪方面を渡り歩くようになって早幾年。元ネタを調べたり考察したり巡礼・探訪したりしています。たまに他の事物も調べたりします。
音楽だと Pain of Salvation を中心に Dream Theater などのプログレッシブメタルをメインに聞いています。
本は 平行植物 。