香霖堂「第二十三話 流行する神」雑考メモ

今回は以前の三月精の雑感のときのように、幾つか気になるキーワードを拾った上でそれぞれについて雑感を述べていく、という形で。

伴善男(とものよしお)

伴大納言とも。平安時代初期の公卿。大納言・正三位。弘仁2(811)年~貞観10(868)年。元は豪族だった大伴氏であったが、第53代淳和天皇の諱が大伴だったため、これを嫌って伴氏と名乗った。貞観6(864)年に大納言に任ぜられるものの、同8(866)年の応天門の変(応天門への放火)の版人として告発される。この罪によって伊豆へ流され、『公卿補任』に拠れば、その地で没したという。

しかし、この事件には幾つかの疑問点が存在する。

  • まず1点目に、伴善男には応天門へ放火する動機がないこと。
  • 2点目に、伴善男自身は最後まで罪を認めなかったこと。

以上の点などを踏まえて、伴善男が藤原良房の下で力を発揮し、やがて源信などと対立していったことから、良房らが伴善男を障害とするようになり、最終的に彼を陥れるに至ったという風に説明されることがあるが、真相は不明。

伴善男に纏わる伝説は主に2つあるが、そのうちの1つである夢占の話は
上記の応天門の変への伏線として語られている。

一方、もう1つの伝説が『香霖堂』の今回の話に関わってくる話である。
『今昔物語集27』(「或所膳部、見善雄伴大納言霊語」)に拠れば、天下に咳病が流行していたとき、ある家の料理人の前に疫病神となった伴善男が現れ、「生前は重い罪を蒙ったとはいえ、朝廷に仕えていた間は非常に恩を受けていた。よって、今年は天下に悪病が流行って人々は皆死ぬことになっていたのだが、それを咳病程度にとどめるようにした。」と語って姿を消した、という話が伝えられている。

『香霖堂』での今回の話において、疫病を司る神様とされていたのはこの説話に基づくものと思われる。なお、話中では伴善男は一般には神様の扱いを受けていない、とあったが、これについては、『伴氏系図』に拠れば伴善男は一旦罪を許されて上洛したことになっており、その死後には相州三浦の海南宮明神に祀られた、と伝える。

※筆者の調べの限りでは、現在のどの神社に比定されるかは不明。同名の神社である三浦市の海南神社では伴善男に関わりのある人物が祭神とされているようだが、伴善男自身の名前は祭神には見えない(一方で、境内に疱瘡社があったりもするが)。

里の家を一軒一軒訪ねて、最終的には人里離れた場所に捨てる疫病が流行した際、疫病神の象徴である人形を作って村中を廻った後に村境で人形を焼いたり、川や海に人形を流すことで疫病を追い払うという所作は全国的に広く行われていた。こうした所作を「疫神送り(疫病神送り)」という。霊夢の言っていた、病の神を封印した物を持って里の家を訪ね歩き、最後は人里離れた場所に捨てる、という対処はこの疫神送りと同じことだと思われる。また、捨てる場所が無縁塚(境界)であることも民間信仰と共通しているか。

流行神(はやりがみ)

流行神とは、何らかの理由によって一時的に信仰を集めた神仏のこと。信仰対象の神仏が雑多であったり、信仰に永続性がないことなどが特徴として挙げられるとされる。

近世での例としては、鍬神信仰や大杉明神が挙げられる。一方で、上代から中世にかけても流行した神というのはあり、7世紀の常世神や天慶8(945)年の志多羅神、応徳2(1085)年の福徳神が挙げられる。

これらの流行の背景として、常世神の流行は大化の改新の直前、志多羅神は平将門の乱の前、近世の大杉明神の場合は、流行の後に江戸で大洪水や飢饉が起き、打ち壊しが頻発した、といったように流行には社会不安や変動が伴っている、と考えられている。

『香霖堂』の話中では、原因不明の病が流行したことによって『今昔物語集27』の例のある伴善男を病の神として祀り上げ、封印した壷の欠片などを里の外に捨てて忘れるまで放置する、という流れから、一時的に、かつ急に祀られるが、その信仰が長続きしないという点と、流行神として説明される神仏のあらましが共通するであろうか。

― 出典 ―

  • 『東方香霖堂 ~ Curiosities of Lotus Asia.』(第二十三話 流行する神) ZUN著 唖彩 弦二挿絵 株式会社アスキー・メディアワークス 2010
  • 『東方求聞史紀 ~ Perfect Memento in Strict Sense.』 ZUN著 一迅社出版 2007

― 参考文献 ―

  • 『日本古典文学大系25 今昔物語集 四』 山田 孝雄/山田 忠雄/山田 英雄/山田 俊雄校注 株式会社岩波書店 1962
  • 『日本伝奇伝説大事典』 乾 真己ら編集 角川書店 S.61
  • 『日本奇談逸話伝説大事典』 志村 有弘/松本 寧至編 (株)勉誠社 H.6
  • 『日本古代人名辞典』 阿部 猛著 株式会社東京堂出版 2009
  • 『日本民俗大辞典 下』 福田 アジオら編集 吉川弘文館 1999
  • 『民俗の事典』 大間知篤三ら編集 岩崎美術社 1972
  • 『日本民俗宗教事典』 佐々木 宏幹ら監修 三秀社 1998
  • 『日本を知る事典』 大島 建彦・大森 志郎ら編集 株式会社社会思想社 S.46
  • 『日本神祇由来事典』 川口 謙二編集 柏書房株式会社 1993
  • 『平凡社 大百科事典 12』 下中 邦彦編集発行人 平凡社 1985

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