初版: ’10 9/5
三月精第3部第7話の後編についてです。
去る8月31日、ようやく…『東方三月精 ~ Oriental Sacred Place.』第8話「イクチとナメクジ 後編」のモチーフになっていそうな話を見付けることができました。
童話・童謡などを収めた大正時代の雑誌『赤い鳥』の中の「なめくじが蛇を食べた話」(江口渙)がそれです。
あらすじとしては、以下の通りです。
眠っている蛇の周りをナメクジが這って、蛇が気付いたときにはナメクジの粘液の輪が自分を取り囲んでいて出られなくなっていた(蛇はナメクジの粘液に触れるとその部分が腐るため、蛇はナメクジの這った跡を越えることができない、と話中ではされていた)。
そして、蛇はやがて死ぬ。やがてその死体が腐敗してキノコが生え、そのキノコをナメクジが食べる。
蛇、ナメクジ、キノコといった要素やあらすじが『三月精』の中で語られていたことと類似しています。また上の話とは別に、日本には蛇はナメクジの通った跡は通らない、といった俗信が存在していたようです。
ただし、
- 雑誌が発刊されたのは大正時代(三月精内で魔理沙は江戸時代の書物と言っていた)。
- 話中では蛇を溶かしたわけではない。
- 蛇の死体は夏から秋の長雨を経てゆっくりと腐敗し、キノコが生えた(三月精内ではこの過程は一晩だった)。
- キノコとは言っているものの、イクチとは一言も言っていない。
- 話中に魔理沙の語る文が出てこない。蛇の種類によってキノコの性質が違う、という話もない。
といったように、大きな差異も見られます。
一方で、同雑誌に収められている他の童話・物語に注目すると、その中には何らかの説話からモチーフを得ているものもありました(例えば芥川龍之介の「蜘蛛の糸」)。
このことから、この話も何らかの民話や伝承が下敷きになっているのかもしれない、とも考えられます。
もしそうだとするならば、この話の元になったものが直接の元ネタ(江戸時代の書物で、三月精内で語られていたような内容のもの)があるのかもしれません。それについてはまだ分かっていませんし、何とも言えませんが…
なお、三すくみの話自体は古く、古代中国の道教の書『関尹子』にムカデは蛇を食い、蛇は蛙を食い、蛙はムカデを食う、といったことが記されているといいます。
上では蛇に勝つのはナメクジではなくムカデとされています。また、中国での三すくみは基本的に蛙・蛇・ムカデとされているようなので、これが後にムカデからナメクジに置き換わったのではないか、と考えられているようです。
これに関連して、時代は江戸時代に下りますが、『和漢三才図会』ではナメクジとカタツムリは主治功用がよく似ていて、ムカデ・サソリを制圧し、ムカデによる傷にはナメクジ(カタツムリ)を生のまま搗いたものを塗るとすぐに痛みが止む、といったことが記されているように、ナメクジがムカデの上位にいる、という考えが江戸時代の日本にはあったようです。
この辺りが、ムカデからナメクジに置き換わった一因だったのかもしれません、と補記しておきます。
― 出典 ―
- 『コンプエース 四月号』「東方三月精 ~ Oriental Sacred Place. / 第8話」 原作:ZUN 漫画:比良坂 真琴 一迅社発行 2010
― 参考文献 ―
- 『拳の文化史』 セップ・リンハルト著 株式会社角川書店 H.10
- 『赤い鳥代表作品集 1初期』 安倍 能成/小宮 豊隆監修 坪田 譲治/与田 準一/森 三郎/鈴木 珊吉編 株式会社小峰書店 S.33
- 『東洋文庫471 和漢三才図会 7』 島田 勇雄/竹島 淳夫/樋口 元巳訳注 株式会社平凡社 1987