先日、冬コミにて領布された『黄昏酒場 UWABAMI BREAKERS』 がWeb配布された。そこで、この『黄昏酒場 UWABAMI BREAKERS』について、雑考を行ってみたいと思う。
なお、ある程度の元ネタ解明は巷のサイトでも行われているか、これから行われるであろうからその全てについてではなく、神話や伝承と関係がある項目について雑考してみようと思う。
大半は恐らく酒関係であろうが、中には神話に由来するものもあって深いものがある。…といっても、やはりモチーフになっている神話も酒絡みのものが多いのだが…。
さて、早速ゲーム中の考察に入りたいと思うが、その前に一つ。『黄昏酒場 UWABAMI BREAKERS』のアプリケーションロゴにも、実は神話上のモチーフが用いられているのでそれに触れておきたい。
これは、黄昏酒場をインストール後、黄昏酒場のフォルダ内にあるアプリケーションロゴである。ショートカットにも同様のアイコンが用いられているが、このロゴの服装は烏帽子に平安貴族のような出で立ちである。魚を左脇に抱えている。右手に握られているのは、恐らく酒瓶であろう。
これらの事から、このロゴは恵比寿様と考えられる。…ちなみに、エビスビールなるビールも実在している事を考えると、納得頂けるかと思う。
恵比寿とは、夷や戎、また蛭子とも綴られる事があるが、これはこの神の複雑な経緯を示している。現在では七福神の一員として親しまれており、商売繁盛や航海安全などのご利益ありとされているが、その原像を辿る事は容易ではない。
まず、夷や戎といった表記であるが、これらの文字はもともと”異人”、即ち、朝廷の勢力の及ばぬ地にいる民や朝廷に抗う反抗者、まつろわぬ者といったものを指す言葉であった。
『明月記』には、貞永二(1233)年二月十七日の条に夷に関する記述があり、それに拠ると、異人(夷)の入京と都中での疫病の流行とが関連付けられている。これは、朝廷の権力に従わない者を指して夷と称した例と考えられる。
一方で、各地の漁村では海中の石や水死体、鯨、鮫など海の彼方からやって来る海上の漂流物は豊漁をもたらすとして崇めるという信仰が見られた。これは、海の彼方が霊的な、常世の国として考えられてきたという日本の信仰の一形態を表していると言われる。この信仰によれば、未知の世界からやって来る霊的な来訪者をエビスと称したという。
また、これに関連して”まれびと(まろうど)”に対する信仰というものもあった。まれびと、とは稀(まれ)な人、という事であって異郷から訪れる霊的な存在、或いは珍しい客人や客神を指す言葉であったという。そういった珍しい訪問者は、霊的な異郷から訪れた地に幸福をもたらすと考えられていたらしい。
こういった信仰の上に、現在の恵比寿様の姿の基礎ができていったと思われる。特に、海の彼方からやってくるという信仰から結びついたのか、恵比寿様は七福神の中では珍しく(他の七福神は道教や仏教、インドの神様に由来)日本の記紀神話の中の神とも習合している。その神とは、蛭子神(ひるこのかみ)と事代主神(ことしろぬしのかみ)である。そう、エビスを”蛭子”と綴る由来である。なお、現在の恵比寿様の海に関するご利益(航海安全など)は、この海の彼方からやって来る来訪者と言う信仰に大きく影響を受けているといえる。
蛭子神は、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)・伊邪那美命(いざなみのみこと)の最初の子神である。ところが、蛭子神は骨が無いように体が柔らかく、まるで蛭のようであった為に葦船に乗せられて海の彼方に流されてしまった。ここから、海と関連が深い神様という事で恵比寿様と結びついたものと考えられる。そして、海の彼方に流された為、海の彼方からやって来る神様ともなったようだ。
一方、事代主神は大国主命の子である。その主な登場場面は、かの国譲りの場面である。武甕槌神・布津主神が地上の平定の為に下される(『古事記』では武甕槌神の他に天鳥船神(あめのとりふねのかみ)となっている)。そして、大国主命に統治権を譲れ、と迫るのである。大国主命は息子に意思を聞いてください、と言い、二柱は事代主神に尋ねる事になる。事代主神はこの問いに対し、神意を伺い統治権を譲る事に賛同する。その後、海上の船の上で、天逆手(あめのさかて)という呪術を行いながら自分の乗った船を踏み傾けて、海中の青柴垣に変貌させる。そして、その中に隠れ去っていったという。このように、こちらも海と深く関係する神様である事が窺える。また、事代主神は大の釣り好きであったという説話もあり、これが現在の恵比寿様が釣竿を持ち、片手に魚を抱えている姿に反映されてる。
なお、余談だがこの後大国主命にこの事を伝えると、もう一人の息子に聞いてくださいと返される。そこで登場するのが建御名方神である。
さて、では恵比寿様はこの二柱と習合したと先述したが、どちらに習合したというのははっきりせず、神社によって異なる。実際、恵比寿様が祀られている神社(西宮神社や戎神社など)では恵比寿様として事代主神を祀る場合もあれば、蛭子神を祀っている場合もあり、さらには両神を祀っている場合もある。ただ、釣竿と魚に見られるように、どちらかと言えば事代主神を祀っている場合の方が若干多めであろうか?
…と、長くなってしまったが七福神はどの神も経緯が複雑な方が多い(福禄寿や寿老人など、酒と関わりの深い説話を持つ神様もいらっしゃるので
面白いところではあるのだが…)。なので他の神に関しては割愛させて頂いて、本編に入って行きたいと思う。
1.浅間 伊佐美(あさま いさみ)
黄昏酒場の主人公である。伊佐美は酒の名前らしい。
一方、浅間とは浅間(せんげん)さまとして親しまれる、富士山中にある浅間神社が由来であろう。この浅間神社に祀られている浅間神は一般に、木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)と同一視されている。木花咲耶姫命は、大山祇神(おおやまづみのかみ)の娘であり、天孫である瓊瓊杵尊と結ばれた女神でもある。
有名な神話についてはこの瓊瓊杵尊に結ばれた際、瓊瓊杵尊は一緒に送られてきた木花咲耶姫命の姉神・磐長姫命(いわながひめのみこと)を送り返してしまったが為に、天皇の寿命は儚く短くなってしまった(木花咲耶姫命は木の花が咲くように栄える事、また花が散るように儚く散る事を象徴する一方、磐長姫命は岩のように永久不変である事を司る)という寿命の由来を伝える譚、また一夜にして懐妊した事による火中出産が有名である。
さて、ここでまた違った話がある。それは、晴れて瓊瓊杵尊と結ばれる事になった後の事である。父神・大山祇神はこれを祝福して、卜占によって決めた実り豊かな稲田から酒を造り、振舞うという説話である。
この事から、大山祇神は酒解神とも呼ばれ、酒造の神様として祀られる事もあるのだ。一方、木花咲耶姫命もまた、酒解子神と呼ばれて、同じように酒造の神様として祀られる例がある。
…やはり、このゲームと酒は切り離せないものらしい。
2.八岐大蛇(やまたのおろち)
Stage1のテロップに出現する名称で、店名でもある。この八岐大蛇が退治される話は『古事記』『日本書紀』共に伝える有名な伝承である。その内容は、以下のようなものになる。
狼藉の末、姉神・天照大御神を天之岩戸に閉じ篭らせた素盞鳴尊(すさのおのみこと)。八意思兼神(やおころおもいかねのかみ)の作戦によって天之岩戸より天照大御神を誘い出す事には成功したが、その責任として素盞鳴尊は高天原(たかまがはら)より追放される。
その末に行き着いた出雲国で、手摩乳(てなづち)・脚摩乳(あしなづち)という夫婦が嘆いている場面に遭遇する。聞けば、越の国にいる八岐大蛇が毎年一人ずつ、七人の娘を人身御供(ひとみごくう)として要求して食べてしまい、今はもう最後の八人目である稲田姫命(いなだひめのみこと)の番となってしまった為に嘆いているのだと言う。素盞鳴尊は、稲田姫命を嫁として貰い受ける事を条件に、八岐大蛇を倒す事を提案する。
交渉の結果夫婦は納得すると、素盞鳴尊は策を講じて夫婦に八つの柵を作らせた。その各々に醸した酒壷を用意させると、稲田姫命を櫛に化けさせて頭に挿し、八岐大蛇を待った。
さて、八岐大蛇は現れると、八つの酒壷にあった酒を飲んで寝てしまう。そこにすかさず、素盞鳴尊は十柄剣を抜き、首を斬り落としてしまう。最後に尾を斬ろうとした時、剣に違和感があったので切り開いてみると、そこには一つの剣があった。これが天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)である。
…といった話である。また、八岐大蛇の形容として、”八つの山八つの谷にまたがるほど大きい”という表現がある。一方で、一般に干支の辰は竜、巳は蛇と解される。ここから、一面ボス”八海山 辰巳”が導けるのではないだろうか?
ちなみに、”八海山”も酒の名前らしい…。
3.キリン
二面ボスのスペルカードの名称にもなっていると同時に、敵がスペルカードを発動している間の背景にもキリンビールのロゴと同じようなキリンの絵が描かれている。何故キリンが描かれているかと言えば、それは先述の通りキリンビールなるビールが実在しているからであろう。
さて、このキリンだが、周知の通り動物園などで見るような実在のキリンをモチーフにしているわけではない。
そのモチーフはよく知られているように、中国の伝承に出現する”麒麟(きりん)”である。麒麟は一般に瑞獣(ずいじゅう)、神獣として吉祥とされる。
『図説 日本未確認生物事典』の麒麟の項を見てみると、『宋書符瑞志』には麒は牡を指し、麟は牝を指すと記されているという。また、その姿については『陸機疏』に、
麟は尾は牛で狼の如き貌で蹄は円く黄色で、額に角があって角の端は肉が盛り上がっていて、声は鐘の如く、行動するのにめりはりがあり、遊ぶ所を撰び、歩くのに虫を踏んだり草を踏みつけたりしない。…(後略)
等と記されている。また、君主が仁徳がある良君である時のみに現れるという。その他、四神ならぬ四霊の一にも数えられており、「信義」を表すという(なお、他の四霊は鳳凰・霊亀・応龍)。
余談ではあるが、麒麟を略する場合、何故か書物上に”麟”の字のみを用いて記してあるという。
なお、動物園で見かける実在動物のキリンの呼称は、中国の明の初め、鄭和(ていわ)という航海者がペルシャに行き、レオポルド、ライオン、アラビア馬と共にキリンを連れ帰って永楽帝に献上した時の話に依ると『図説 日本未確認生物事典』では記述している。この永楽帝献上の際、通訳として同行したアラビア人ハッサンが、アフリカ東方地方ではキリンの事を”ギリン”と呼ぶ、と言った語が中国の麒麟(音としてはチーリン、という発音に近いらしい)と似ている為に所謂首の長い実在動物のキリンと麒麟とが混同され、そのまま日本に伝わってキリンの呼称の定着となったという。
4.道祖神(どうそじん)
タイトル画面のゲームコンフィング欄にある単語。ゲーム中では「道祖神の導き」と記されている。道祖神とは、名の通り道に関する神様である。この道祖神の信仰はかなり複雑であるが、ここではそのあらましを簡略に述べたいと思う。
道祖神は、塞(さい、さえ)の神・岐神(くなどのかみ)・道陸神(どうろくじん)・衢神(ちまたのかみ)・道神(たむけのかみ)等と同一視される。
塞の神の”塞”は防ぐことで、村境などで、その集落に悪霊や疫病などが侵入しないように防ぎとめるという役割を持つ。また、人間の生涯がほぼ集落の中でのみ完結していたような時代では、村境から向こう側は未知の世界であり、また同時にあの世を象徴していた。そして、集落は自分が住んでいる場所であるからこの世という二元の対比になる。塞の神は村境にある為、あの世とこの世と境も司っていた。
岐神は、記紀神話にて伊邪那岐命が、死んでしまった伊邪那美命を追って黄泉の国へと赴き、その変わり果てた姿を見た為に伊邪那美命の纏う雷神に追われる場面に由来が見える。追われている最中に伊邪那岐命は杖を投げ、これ以上雷はこちらに来る事はできないと宣言した。この時の杖が岐神、或いは来名戸祖神(くなとのさえのかみ)であるという。
この名前は”来るな”という事を表し、”祖”の字は”阻”に通ずる、と『すぐわかる 日本の神々 聖地・神像・祭りで読み解く』には記されている。
他にも、『古事記』『日本書紀』の相違や、上述の杖を禊の際に投げ捨ると新たに二柱の神が生じたりと、名前を列挙するだけでも同一視される神はかなりの数に上る。また、村境を司る事から生死の境に立つという信仰上重要な位置を占め、御霊信仰とも習合した為、その信仰は複雑化してゆく。
また、その御神体が多く石で表された事から、先史時代の石棒を御神体とする素朴で土着的な神とも習合したり、石の棒がとあるものに似ている為に縁結びや夫婦和合などの神徳も持つようになったり(これに関しては上述の神話の影響も少なからずあると考えられるが)とその信仰は多岐に渡る。
一方、”道祖神”そのものは、最初は道や旅行を司る神つぃて信仰されたと考えられる。その神格や、道祖神が衢神と同一視される事によって、神話上の神とも習合した。
その神とは、猿田彦神である。天孫降臨の際、瓊瓊杵尊ら一行を先導した神であり、『日本書紀』では衢神と記されている神がほぼ同様の働きをしている事から猿田彦神=衢神となり、さらに猿田彦神=道祖神として結びついたと考えられる。
「道祖神の導き」とは、道祖神そのものが旅行や道を司る神であったという基盤の上に、天孫一行を導いた猿田彦神の性格も加味された上での語であろう。…何故それがゲームセッティングに結び付けられたかは不明ではあるが。
なお、道祖神の信仰はこの他に庚申様の信仰や道行く馬を守護するとされた馬頭観音の信仰とも縁が深い。
と、軽く元ネタを探し、雑考を行ってみたが如何であっただろうか?ZUN氏が製作に関った為か、何気ないところにこういった神話や伝承のモチーフが散りばめられている。
これらを再認識した上でもう一度酒を呑みに行っては如何だろうか?もしかすると、今までとは違った幻視ができるかもしれない。
…筆者?いえ、筆者は酒が呑めないので遠慮させて頂こうと思う。
(なお、手元に資料が薄かったので、レムリアについての考察を控えさせて貰った。一応記述しておくと、(うろ覚えでかなり怪しいのだが、)レムリアとは仮想大陸の一つである。但し、アトランティスやムーのように伝承や物語に登場するのではなく、生物学者が違った大陸に同じ系統の生物が分布している事実に対してその理由を説明する為に、大陸間の中継点、ないし発祥地として提唱したものがこのレムリア大陸であるというような話を記憶している。なので、現在はファンタジーやゲームの中でアトランティスやムーと同列に列挙される事が多いが、元々は伝説の大陸という意味合いが無かった事に注意したい。)
― 出典 ―
- 『黄昏酒場 ~ UWABAMI BREAKERS』 呑んべぇ会 2007
― 参考文献 ―
- 『日本伝奇伝説大事典』 乾 真己ら編集 角川書店 S.61
- 『神話伝説辞典』 朝倉 治彦・井之口 章次ら編集 株式会社東京堂出版 S.38
- 『図説 日本未確認生物事典』 世間 良彦著 柏美術出版社 1994
- 『よくわかる「世界の幻獣(モンスター)」事典』 「世界の幻獣」を研究する会著 株式会社廣済堂 2007
- 『日本架空伝承人名事典』 大隅 和雄ら編集 平凡社 1986
- 『「日本の神様」がよくわかる本』 戸部 民史著 PHP研究所 2004
- 『すぐわかる 日本の神々 聖地・神像・祭りで読み解く』 鎌田 東二監修 株式会社東京美術 2005
- 『日本民俗宗教事典』 佐々木 宏幹ら監修 三秀社 1998
- 『日本民俗大辞典 上』 福田 アジオら編集 吉川弘文館 1999
- 『日本民俗大辞典 下』 福田 アジオら編集 吉川弘文館 2000
- 『日本神祇由来事典』 川口 謙二編集 柏書房株式会社 1993
- 『民俗の事典』 大間知篤三ら編集 岩崎美術社 1972