4.土地を追われた者 ― パールシー

紀元八世紀頃、インド北西部の小港サンジャーに上陸した民族がいた。

その民族はペルシアから渡ったゾロアスター教(けん(しめすへんに天)教、拝火教)を信仰する者達で、国内に侵攻してきたイスラム教徒の勢力に追われるようにして逃れた者達であった。

彼らはペルシアより渡って来た為、”ペルシアの人”を意味する”パールシー(Parsi、Parsee)”という語で呼ばれた。

このパールシーは上陸先の土地、インドの王侯から

  1. ペルシアの言語を捨てること
  2. 婦女はインドの服装をすること

を条件に国への定住を許されたという。そうしてパールシーは現在もインド北西部の都市ムンバイを中心として約十万人の人口を保っているようだ。

その民の名を冠するのが、水橋 パルスィその者である。

この名前”パルスィ”がペルシアの人を意味するということに関しては、劇中でパチュリーが

……嫉妬に駆られたペルシャ人かな

と評していることからも窺えよう。

なお『地霊殿』には、朝廷に抵抗する地方の豪族として退治された土蜘蛛や悪事を働いた為に帝の勅命によって退治された鬼といった、忌み嫌われた者達にスポットが当てられている。

住んでいた土地を追われた民、という観点で捉えればパールシーもこの『地霊殿』でスポットを当てられている者達とその境遇は類似する。

それ故にパルスィの名が彼女に冠されたと考えられる。つまり、パルスィという名も『地霊殿』において忌み嫌われた者として相応しい名前であったといえるのではないだろうか。


さて、インドに逃れてきたパールシーはゾロアスター教を信仰していた。

ここでは余談としてそのゾロアスター教について着眼し、軽く端的に述べたいと思う。

ゾロアスター教は紀元前六世紀初め頃、ゾロアスター(Zoroaster)が教祖となって現在のイラン東部で提唱したとされる(ただしゾロアスターの活動時期は定まっておらず、異伝もある)。

これはイラン民族の信仰を元に改革を行い、二元的な世界観での悪との対決による人間の救済を説いたものだという。

この教義は時代が下るに連れて強調され、アフラ・マズダ(オルマズド(Ohrmazd)とも)とアンラ・マンユ(アーリマン(Ahriman)とも)の対決がはっきりと見られるようになったらしい。

また、信者にとって火、水、大地は聖なるものとして汚すことを嫌い、後代には鳥葬・風葬の為の施設であるダフメ(Dakhma(沈黙の塔と訳される))が発達した。

加えて、光を放つ火に着目すれば、火は聖火として護持し尊んだという(拝火教の名もこれに由来)。

その略史を掻い摘んでみると、先述のようにゾロアスター教は紀元前六世紀頃に成立したといわれ、ペルシア帝国後半期になると西方のギリシア人にまでその存在が認知される程に広まった。

この頃と同じくして『アヴェスター』が編纂されたという。

後、ササン朝(紀元三~七世紀頃)に入ると国教として認可され栄えるも、イスラム教の侵入と共に衰えていったとされる。


ところで、このゾロアスター教について見てみると興味深い事項が見受けられた。

それは”チンワトの橋”である(『アヴェスター』ではチンワト・プルトゥと呼ばれ、選別の橋などと訳される)。

この橋はこの世とあの世の間に架かっているといい、死者の魂が渡ると考えられた。

それを無事に渡りきればその魂は天国に行くが、もし落ちれば地獄に落ちるとされていた。

また、生前に善行を行った善人にはその橋は広くなり、渡ることが容易になるが悪人が渡る際には狭くなり、渡ることが困難になるなど、種々の条件があるようである。

ここで興味深いのは、ゾロアスター教においてこの世とあの世の間に橋が架かっていると考えられていたことである。

※ただし、この世と死後の世界との間に橋が架かっているという考え方自体はゾロアスター教特有のものとはいえない点は留意すべきであるが。

パルスィという名と橋姫、この世とあの世を繋ぐ境界といった水橋 パルスィのキャラクター像を見る上では、これも一瞥すべきかもしれない。

加えて、ペルシアを漢字で記すと”波斯国”と記し、”ハシ”と読むことができる点も、パルスィというキャラクターを見る上で注目すべきであろう。

― 出典 ―

  • 『東方地霊殿 ~ Subterranean Animism.』 上海アリス幻樂団 2008
    • 劇中の会話、テロップ、キャラ設定.txtなど

― 参考文献 ―

  • 『日本架空伝承人名事典』 大隅 和雄ら編集 平凡社 1986
  • 『日本伝奇伝説大事典』 乾 真己ら編集 角川書店 S.61
  • 『日本民俗大辞典 上』 福田 アジオら編集 株式会社吉川弘文館 1999
  • 『民俗の事典』 大間知篤三ら編集 岩崎美術社 1972
  • 『日本民俗語大辞典』 石上 堅著 桜楓社 S.58
  • 『神話伝説辞典』 朝倉 治彦・井之口 章次ら編集 株式会社東京堂出版 S.47第12版
  • 『日本昔話事典』 稲田 浩二/大島 建彦/川端 豊彦/福田 晃/川原 幸行編 株式会社吉川弘文館 S.52
  • 『日本古典文学大系 2 風土記』 秋本 吉郎校注 株式会社岩波書店 1958
  • 『「日本の女神様」がよくわかる本』 戸部 民史著 PHP研究所 2007
  • 『妖怪事典』 村上 健司編著 毎日新聞社 2000
  • 『鳥山 石燕 画図百鬼夜行』 高田 衛監修 稲田 篤信/田中 直日編 株式会社国書刊行会 1992
  • 『日本と世界の「幽霊・妖怪」がよくわかる本』 多田 克己監修 PHP研究所 2007
  • 『図説日本呪術全書』 豊島 泰国著 株式会社原書房 1998
  • 『Truth In Fantasy54 神秘の道具 日本編』 戸部 民夫著 株式会社新紀元社 2001
  • 『妖怪草子 あやしきものたちの消息』 荒俣 宏+小松 和彦 米沢 敬編集 工作舎 editorial corporation for human becoming 1988第三版
  • 『日本民俗文化資料集大成 第八巻(妖怪)』 谷川 健一編 株式会社三一書房 1988 (特に同書中の『鬼伝説の研究』)
  • 『新装新版 中国文化伝来事典』 寺尾 善雄著 株式会社河出新社 1999
  • 『<ものと人間の文化史 122-Ⅱ>もののけⅡ』 山内 昶著 財団法人法政大学出版局 2004
  • 『広辞苑 第六版』 新村 出著 岩波書店 2008
  • 『ジーニアス英和大辞典』 小西 友七/南出 康世/編集主幹 株式会社大修館書店 2001
  • 『平凡社 大百科事典 8』 下中 邦彦編集発行人 平凡社 1985
  • 『平凡社 大百科事典 12』 下中 邦彦編集発行人 平凡社 1985
  • 『グランド現代百科事典 12』 古岡 秀人発行人 株式会社学習研究社 1972
  • 『グランド現代百科事典 16』 古岡 秀人発行人 株式会社学習研究社 1973
  • 『南アジアを知る辞典』 辛島 昇/前田 専学ら監修 株式会社平凡社 2004新訂増補版
  • 『ゾロアスター教 ―三五〇〇年の歴史』 メアリー・ボイス著 山本 由美子訳 株式会社筑摩書房 1983
  • 『ゾロアスター教の悪魔祓い』 岡田 明憲著 株式会社平河出版社 1984
  • 『ゾロアスター教 ―神々への讃歌―』 岡田 明憲著 株式会社平河出版社 1982
  • 『イメージ・シンボル大事典』 アド・ド・フリース著 訳者代表・山下 圭一郎 大修館書店 1984
  • 『動物シンボル事典』 ジャン=ポール・クレベール著 竹内 信夫/柳谷 巖/西村 哲一/三末戸 直彦/アラン・ロシュ訳 大修館書店 1989
  • 『シリーズ・ファンタジー百科 世界の怪物・神獣事典』 キャロル・ルーズ著 松村 一男監訳 株式会社原書房 2004
  • 『「天使」と「悪魔」がよくわかる本』 吉永 進一監修 PHP研究所 2006

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