1.酒呑童子の伝承

その昔、丹波国の大江山に鬼神が棲んでいたという。

日が暮れると毎夜の如く都に赴き、年頃の女性達を攫っていった。

ある時、攫った女性たちの中に院(上皇)に仕えていた姫君が混じっていた。

姫君の父は嘆き悲しみ、これを受けた帝の命により源頼光(みなもとのよりみつ)が大江山の鬼退治に向かうことになった。頼光には、定光(さだみつ)、季武(すえたけ)、渡辺綱(わたなべのつな)、坂田公時(さかたのきんとき)という配下の四天王がおり、さらに今回は藤原保昌(ふじわらのやすまさ)を加え、山伏に扮して大江山に向かった。

大江山の道中では、妻子を大江山の鬼に取られ、無念を晴らさんとする三人の翁に出会った。

三人の話に拠れば、その鬼は常に酒を呑んでいるので酒呑童子と名付け、酒に酔って臥すと前後も知らず、という状況であるという。

そして、神便鬼毒酒じ(し)んべんきどくしゅ ― 鬼が呑むと飛行自在の力を失い、切るとも突くとも判らなくなる。逆に頼光らが呑めば薬になるという ― と星兜を頼光に授けた。

実はこの三人の翁というのは、鬼退治の前に六人が各々参拝した八幡、住吉、熊野の神が翁の姿で現れたものであった。

三人の助言に従いさらに進む。三人が姿を消した後、今度は血の付いた帷子かたびらを洗う姫君に出会った。

頼光一行はその姫君から酒呑童子やその配下の鬼、また酒呑童子の棲む住処について助言を得た。

そして、一行は酒呑童子の宮殿に潜入することができた。

酒呑童子と面会した一行は自身らを山中で迷った山伏だと偽り、宴を催す童子に先の神便鬼毒酒を勧めた。

杯を重ねた童子は自らの身の上を語り出したが、その最後には一行の正体に勘付いてしまった。

これに対し頼光は自らは山伏で、頼光や季武といった名前は初めて聞いた、まして見たことなどない、と返し、さらに話を続けて童子の警戒を解いた。

そのうちに童子は神便鬼毒酒が体に回り、奥の方へと帰ってしまった。

他の鬼達もそれを見るや否や、宴中に盛った神便鬼毒酒によって皆寝入ってしまった。

一行はその内に鎧兜で身を固め、童子の眠る岩屋に向かった。

中では童子が鬼の姿に戻って眠っていた。そこに三柱の神が顕れ、自分達が鎖で童子の動きを封じるので、その間に頼光は首を、他の者達は後や先に立ち回り切り捨てよ、と言って姿を消した。

そこで頼光は言葉に従い、刀を抜いて首に切りつけた。

すると酒呑童子は

情けなしとよ、客僧達、

偽りなしと聞きつるに、鬼神に横道なきものを

と叫んだという。起き上がろうとしても起き上がれず、切られた首は高く舞い上がった。

その際に頼光を目にし、襲いかかろうとしたものの身に着けていた星兜に恐れをなし、それも果たせなかった。

その後、童子の配下の鬼達が一行に襲い掛かったが、これを平らげて一行は都に戻り凱旋したという。

以上が、『御伽草子』(室町~江戸時代にかけて成立)の中に収められた酒呑童子の物語の大雑把な概要である。

なお、『御伽草子』の中には大江山を舞台とした酒呑童子の物語の他に近江国の伊吹山を舞台にしたものも収容されており、先の話は前者に当たる。

一方で伊吹山に関しては大酒呑みの伊吹弥三郎の子、父に似てやはり大酒呑みの伊吹童子に纏わる伝承が伝えられている(『伊吹童子』等)。

そこに描かれている伊吹童子の姿は酒呑童子に似ており、同一視する風も見られた。

その結果として、伊吹山を舞台とした酒呑童子の物語が語られるようになったのではないだろうか、とも考えられているようだ。

幻想郷に戻ってきた鬼、伊吹 萃香のその姓はこうした背景の上にあるのであろう。

彼女の腕や髪留め、ベルトに繋がれた鎖。鬼は嘘を言わない、嘘を吐くのは人間だけだと言い放ち、嘘を嫌うその性格。

こうしたものは先述の物語に端緒を求めることができる。酒をこよなく愛する点については言うまでもないだろう。

それは、萃香に続いて登場した星熊 勇儀についても同様である。

萃香同様腕や足に繋がれた鎖、嘘が嫌い、さらに大の酒好き。

そして星熊の姓も『御伽草子』収容の大江山酒呑童子の物語の中に見ることができる。

そこで、酒呑童子配下の鬼について説明した、血の付いた帷子を洗う姫君の言葉を次に記す。

(前略)…籠の口には眷属どもに

ほしくま童子、熊童子、虎熊童子、金童子、

四天王と名づけて番をさせて置きける。

彼ら四人の力の程は、いか程とは例へん方もなしと聞く。 …(後略)

御覧のように、この中に鬼の四天王の一人として”ほしくま(星熊)童子”の名が見られる。

一方の勇儀も、萃香と並ぶ山の四天王の一人であり、”四天王の一角”という立ち位置はこの点に由来していると考えられる。

ちなみに、”四天王”の語は仏教に由来する。四天王は仏教の世界にある須弥山の四方、東西南北を守護する存在であり、東は持国天、南は増長天、西は広目天、北は多聞天とされる。

これより転じて、諸芸諸道に秀でた四人をそう称するようになったという。なお、”四天王奥義”なるスペルカードを所有しているのは、この点に由来しているのであろう。

また、スペルカードでいうならば、枷符「咎人の外さぬ枷」も酒呑童子の物語に関連するのかもしれない。勇儀の手足に鎖が繋がれている為である。


一方で、物語の舞台となった地名を冠するスペルカードも存在している。

力業「大江山嵐」

力業「大江山颪」

大江山についてはもはや語るまでもないだろう。その後に続く”嵐”は、一般には暴風、烈風を表す。或いは比喩的に世情や平安を大きく乱すものを指す。

弾幕も暴風や烈風のさまを表すかの如く高速度で荒々しく吹き付ける。そのさまは、若しくは”力業”の名を表しているともいえよう。

ところで、嵐は元々、山間に吹く荒々しい風を指す言葉であったという。加えて中国では”嵐”の字は山に立ち込めるもや、ないし山の気配のことであったようである。

一方の”颪(おろし)”も、産地から吹き降ろす風を指す語であり、山との関連が認められる。加えて、”嵐”も”颪”も人に害を為す側面を持っており、山や人に害を為すといった点はどこか鬼の一側面を表しているとも考えられなくはない。

また、スペルカードの他には彼女のテーマ曲、「華のさかづき大江山」に”大江山”の名を見ることができる。

なお、”さかづき”とは”杯(盃)さかずき”のことであり、”さか”は酒のことであるという。

一方の”つき”は器のこととされるようだ。

『和名類聚抄』では「杯 音胚、瓦未焼、ツキ、ザカツキ」と記されており、『倭訓栞』(前編十六部)では

つき 坏をよむは土笥又土器の轉(転)音なり…(後略)

とあるように、古くは素焼きの土器を用いていたらしい。

この語義のように、杯は酒を盛って飲む器を指す言葉であり、勇儀自身もその手に持って酒を呑んでいる。

ちなみに余談ではあるが、”さかずき”という語には別の意味もある。

それは、”杯事(さかずきごと)”の略語としての意味であり、酒宴のこと、或いは杯を取り交わして絆・約束を固める儀礼(三々九度など)、またそれに用いられる杯のことを指す。

この記事を書いた人