4節.東風が吹く・2

先程は、東風に纏わる逸話から守矢の姓を想起し、洩矢神に至った。

今度は、別の角度から”東風”について見てみたいと思う。

風は古来、神などの霊的存在を運ぶ存在として捉えられていた。

陰暦10月に吹く西風を”神渡(かみわたし)”と呼び、出雲大社に出掛ける神々を送る風であるとする地域が見受けられるが、これも風が神霊を運ぶ存在として捉えられていた一例であろう。

このように、神霊を運ぶ役目を持っていたとされる風。その風の中に、次のように名付けられた風がある。

“アユノカゼ”。

アユノカゼ、の他、アイノカゼやアユ、アイとも呼ばれるこの風は、『東方萃夢想 ~Immaterial and Missing Power.』においてストーリーモードの戦闘前の会話時の曲の一つに、「あゆのかぜ」として用いられている。

この風の方向は北東から南東まで地域によってバラつきはあるものの一般に東寄りの風であり、”東風”の字を当てられる。

風向きと名前が完全に一致しないことがあるのは前節で述べた通りである。

ところで、この風の名の”アユ(アイ)”とは、”会う”のそれであり、海が漂流物を海岸に打ち上げることを意味する。そして、そういった漂流物を陸に運ぶ風が、”アユノカゼ”である。

古代、海の彼方は常世の国(一種の異界)に繋がっていると考えられた。

その為、海の彼方から漂流してくる珍品には、常世の国の神霊が宿っていると考えられた。

また、そういった漂流物を”エビス”と呼ぶ地域も存在した。その名から判るように、現在七福神の一柱に数えられる恵比寿神もまた海の彼方からやってくる神であった。

このように、海の彼方からやってきたものが信仰の対象となっていた事実があったことが窺える。

そして、そういった海の彼方の神霊を呼び寄せる風、それこそがアユノカゼ、東風であった。

これもまた、神霊を運ぶ風の一種と見ることもできよう。

ところで、ここでもう一度東風谷 早苗について見てみよう。

早苗は「神奈子の巫女」(キャラ設定.txt)であり、劇中でも「巫女といえば巫女みたいなもんね」と発言している。

巫女みたいなもん、と言っていることから厳密には巫女とは異なると思われるが、神社で祭儀を執り行うなどその性格は巫女と非常に近いものもあるのだろう。祭儀を行う巫女とは、神霊を招き寄せる存在である。

また、諏訪神社の神長官はミサクチ神を呼び寄せる秘術を持っていた。

そして風は神霊を運び、東風・アユノカゼは神霊を呼び寄せる風であった。

であるならば”東風”という姓は、神霊を招き寄せる巫女という存在を表象しているものではないか、と考えられなくはないだろうか。

またアユノカゼは一般に、豊穣や豊漁といった自然界の恵みをもたらす風ともいわれており、神徳をもたらす点においても接点を持っている。

ところで、早苗の名は1節や2節で述べたように、ミサクチ神を呼び寄せる神職・神長官の末裔の名である。

つまり、東風谷 早苗の”東風”の姓、”早苗”の名は共に自身が神霊を招き寄せる巫女である、と暗示している名前だと考えられるのだ。

さらに、東風谷 早苗が神霊を招き寄せるという要素を多分に含んでいるのであれば、本人の容姿も説明することができる。

そこで注目すべきは、その頭にある蛇と蛙の髪飾りである。

これらは早苗が祀る二柱の神、八坂 神奈子と洩矢 諏訪子を表象していることはいうまでもない。

しかし、それだけではない。

神事の際に神主や巫女が櫛(くし)や簪(かんざし)を身に付ける例がある。

これは櫛や簪が魔除けの呪力を持つとされており、同時に神霊を招き寄せる力を持っていると考えられていたからである。

例えば、「天の岩戸」の神話では天照大御神が岩戸に篭もってしまった際、外に誘い出す為に踊った女神・天鈿女命(あめのうずめのみこと)は初めて神楽を舞った神とされ、巫女を神格化した存在だといわれている。

その名の”ウズ”とは、一説には頭挿(うず)、即ち頭部に付ける髪飾りに由来するといわれており、ここからも巫女と髪飾りの関係が窺える。

つまり、東風谷 早苗が身に付けている蛇と蛙の髪飾りは、東風谷 早苗が巫女として、神霊を招き寄せる存在であることを示し、その力を強める触媒の働きもしているのではないだろうか。


このように、東風谷 早苗は名や容姿で自身が神霊を招き寄せる存在であると示していた。ところで、ここで一つの疑問が生じる。

東風谷 早苗が招き寄せる神霊とは、一体何者なのであろうか。

順当に考えれば、それは神奈子であろう。

これは、2節で述べたように、奇跡「神の風」のスペルカードを見れば判る。

ところが、東風谷 早苗は蛙の髪飾りも付けていた。さらに、神長官が行っていた秘術の多くはミサクチ神を呼び寄せるものであったという。

ミサクチ神は、劇中ではミシャグジさまに比定される存在である。

2節で見たように、東風谷 早苗の扱う秘術が神長官のものと同質であるならば、東風谷 早苗はミシャグジさまを招き寄せていると考えられる。

そのミシャグジさまは諏訪子によって統括されていた。であれば、招き寄せる神霊には、諏訪子の力も含まれていると考えられる。

ミシャグジさまを統括する為には、諏訪子の力が必要となるからである。

裏を返せば、諏訪子の力を借りることで、秘術で招き寄せたミシャグジさまの統括を行っていると考えることもできる。

そうであるならば、

奇跡を呼ぶことが出来るのは彼女が実は、

諏訪子の遠い子孫だからである。

「キャラ設定.txt」より

と、東風谷 早苗の奇跡を起こす能力が諏訪子の子孫であることに起因している理由も頷けよう。

ところで、東風谷 早苗の秘術について見てみると、

雨や風を降らす奇跡を起こす

「キャラ設定.txt」より

という。

奇跡を起こすのは秘術に起因するものであると2節で述べた。しかし、秘術はミシャグジさまを招き寄せるものであった。

これは一体どういうことであろうか。

ここでミシャグジさまについて見てみると、

生誕、農作、軍事、様々な事柄の祟り神

「キャラ設定.txt」より

であるという。

“様々な事柄”の中に風雨を司る力が含まれているとするならば、東風谷 早苗の扱う秘術はミシャグジさまを招き寄せた上でミシャグジさまに申立を行い、ミシャグジさまの力を借りて風雨を起こす、という一連のメカニズムであると推測することができる。

そうであるならば、ミシャグジさまを招き寄せる秘術によって結果的に雨や風を降らす奇跡を起こしていたということになる。

そこには先に述べたように諏訪子の関与も考えられるが、基本的に東風谷 早苗はミシャグジさまを招き寄せることで奇跡を起こし、「神の風」などの一部の特別な場合においては神奈子の力も使う、といったように各々の場合について招き寄せる神霊を変化させている、と見るのが妥当のようだ。

― コラム 東風谷 早苗と洩矢 諏訪子 ―

先節までで、何度となく東風谷 早苗が諏訪子の子孫であることに焦点が当てられていた。これは劇中でも先節で挙げた文によって明記されている。

ところで、東風谷 早苗が諏訪子の子孫であることはキャラ設定.txtからしか知りえないような気もするが、実は劇中にもそれを仄めかせるような暗示が含まれている。

それは、劇中で両者が放つ弾幕である。

東風谷 早苗が放つ第二、第三の通常弾幕と諏訪子が放つ第三、第六の通常弾幕はいずれも赤と青の針弾が交差する弾幕であり、動作などの細部こそ異なるものの、弾の種類・形状などが酷似している。

これもまた、東風谷 早苗と諏訪子の間に深い関係……即ち、東風谷 早苗が諏訪子の遠い子孫であることの暗示であると考えられる。

このように、何気なく見過ごしてしまいそうな部分にも実はそれとなく意味が込められていることが判る。もしかしたら、他にもこういった要素があるのかもしれない。

この記事を書いた人