初版: ’10 1/24
先月のお話では、イクチというキノコが話題になりました。イクチと聞いて私は即座に『譚海』や『耳袋』に記されている妖怪を思い浮かべて、海のない幻想郷で海の妖怪?(リュウグウノツカイの例もありますが)と疑問に思って思わず手に取ったのでした。
しかし購読してみたら、妖怪ではなくキノコだった、と。キノコの方は全く知りませんでしたので完全に勘違いしていたようです。
ということで、以下キノコのイクチと妖怪のイクチについて。
イクチ(キノコ)
担子菌類ハラタケ目のキノコで、アミタケ、ヌメリイグチ、ヤマドリタケなどの総称。イグチということも。
一般にかさは褐色、形は饅頭のような形という。かさの裏側には無数の管穴が並ぶ。
また、樹木の根に菌根をつくり共生するといい、それゆえ森林の木の種類によって生えるキノコは変化するという。例えば、マツ林にはアミタケ、ヌメリイグチ、カラマツ林にはハナイグチなど。
魔法の森の樹木の種類は分からないので、三月精が食べたイクチがどのような種類なのか不明。
イクチ(妖怪)
先述の通り、『譚海』や『耳袋』で語られる海の妖怪(『耳袋』ではいくじと記される)。
『譚海』では、常陸国(茨城県)の外海におり、船に入ると沈んでしまうというので船乗りは大層恐れる。
太さはさほどではないが、長さは甚だ長く、イクチ(ヰクチ)が船を越えて通過するのに一二刻かかる。しかもその間、イクチの体からはノリのように粘る油が大量にこぼれるので、船乗り達は黙ってこれを汲み上げるのだという。
『耳袋』では、西海・南海(九州・近畿地方の海)に現れ、船の舳先などにかかることがあると記されている。舳先にかかると、通り過ぎるのに二三日かかる。
また、ある人が言うには、豆州・八丈(東京都八丈島)の海辺にはいくじの小さいものとされるがおり、輪になっている鰻のようなものだ、などと書かれている。
なお、鳥山石燕の『今昔百鬼拾遺』には海蛇のような姿の「あやかし」という妖怪が描かれており、文章には西国の海で船を越えるときに二三日も続くような長い妖怪がいる、大量の油が出てくるが、船人がこれを頑張って汲み出せば害は無いが、もしそうでなければ船は沈む、などというようなことが記されており、どうも上記のイクチ(いくじ)のことを言っているのではないかと窺える。
ということで見事に盛大な勘違いをしていたのですが、粘液(油)というところで物語中の描写と接点が見出せなくも無いかと。
ついでにイクチ(キノコ)は渦巻状に群生しており、その形状から蛇を想起することもできなくはないかと思われます。とはいえ、本来は海の妖怪である存在が魔法の森に出てくるのは妙ですし、話のタイトルにはしっかりと”ナメクジ”と銘打っていますしねぇ…多分、勘違い。
― 出典 ―
- 『コンプエース 二月号』「東方三月精 Oriental Sacred Place. / 第7話」 原作:ZUN 漫画:比良坂 真琴 一迅社発行 2010
― 参考文献 ―
- 『平凡社 大百科事典 1』 下中 邦彦編集発行人 平凡社 1984
- 『ビクトリア現代新百科 1』 渡辺 ひろし編集責任者 株式会社学習研究社 1973 第2版
- 『牧野 新日本植物図鑑』 牧野 富太郎著 株式会社北隆館 S.37 七版
- 『庶民生活史料集成 第八巻 見聞録』 谷川 健一編集委員代表 株式会社三一書房 1969
- 『随筆辞典 4奇談異聞編』 柴田 宵曲編 株式会社東京堂 S.36
- 『妖怪事典』 村上 健司編著 毎日新聞社 2000
- 『幻想動物事典』 草野 巧著 株式会社新紀元社 1997
- 『鳥山 石燕 画図百鬼夜行』 高田 衛監修 稲田 篤信/田中 直日編 株式会社国書刊行会 1992