小野塚 小町雑考

“小野篁(おののたかむら)”。

これについては幾つかのサイトでも既に記述されているようですが、私もこれについて述べておきたいと思います。

関係のあるとは、東方花映塚に登場する”小野塚 小町”その人です。名前から判る通り、元ネタは小野小町(おののこまち)でしょう。

小野小町は歌仙として知られる人物ですが、彼女に纏わる伝承や伝説をモチーフにした謡曲では、男性との交渉が盛んで比類の無い驕りの生活を送っていたと伝わります。

着る物にも贅を尽くし、和歌を詠ずる日々を送ってたと言います。しかし、家族を失ったことで一人破屋に住む身となってしまいます。そして最後には、山野を放浪するという運命に…(『日本伝奇伝説大事典』 宮田 登ら著 大日本印刷株式会社 S.61)。

この内、前半の金を湯水に使うような性格から小野塚小町のスペルカード、 投銭「宵越しの銭」が導かれます。

なお、宵越しの銭とは諺”宵越しの金は持たない”からと考えられます。この諺の意味する所は、”その日に稼いだお金はその日の内に使ってしまう。”という事で、江戸っ子の気前の良さを表す言葉とされます(『現代新国語辞典改訂新版』 金田一 春彦編 学習研究社 2000 改訂新版第4版発行 より)。

また、この諺は小町の江戸っ子気質や言葉遣い、性格そのものに通ずるものがあります。スペルカード中でも、銭をポンポン投げていますしね。

その他、三月精中で和歌を詠んでいたのも、小野小町が歌仙に数えられる事に由来すると考えられます。

更に、小野小町の祖父について。

『日本架空伝承人名事典』(大隅 和雄ら編集 平凡社 1986)や『朝日 日本歴史人物事典』(小泉 飲司編 朝日新聞社 1994)では、小野小町の祖父は上述した小野篁であると伝えられています(最も、小町も篁もその系譜がはっきりせず、両者の関係は疑わしいものがありますが…)。

さて、この小野篁。こちらも多くの伝説が付き纏う人物で、優れた詩人であり、また筆も達筆であったといいます。

幼少の頃は武芸に励んだのですが、それが嵯峨天皇を嘆かせてしまいます。しかし、その事によって一念発起し、以来学問に専心したと伝わります。遣唐副使を命ぜられたものの、二度にわたり失敗。その後大使と仲違いをし、病と称して乗船を拒み、嵯峨天皇の怒りを買います。その結果、隠岐に流刑されてしまいます。後に復帰するものの、4年後に没した。…というのがその生涯のあらましです。

ところで、その伝承については”冥府に赴き、冥官(閻魔の下で働く役人)となる”というものが多く伝わるようです。

京都にある珍皇寺(東山区)や千本閻魔堂(引接(いんじょう)寺、上京区)にそうした伝承が伝わるといい、冥府に行く為に使ったという井戸があるとかないとか。

この伝承を引用すれば、小町は篁の孫に当たるので、篁(冥官→閻魔)の下で働く、という考えに基づくのでしょうか。或いは小町と篁を同様に扱い、共に閻魔の下で働く、という考えに基づくのか…。

どちらにせよ、小野塚小町の”閻魔(四季映姫・ヤマザナドゥ)の下で働く”という設定が導けます。

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