第2部第21話(~22話)の雑考

第21話雑考

初版: ’08 7/27

雑感という事で、今回は箇条書き形式で。

  • 落雷
    • 今回の話題は落雷…って、一昨日落雷で出火した現場に遭遇したばっかりなので個人的にはタイムリー過ぎる話題(汗
      豪雨の中でも出火はするのですが…神社、燃えなくて良かったですね。
      まあ、緋想天では誰かさんと誰かさんの所為で2度倒壊しているので、これ以上神社が無くなったら霊夢も悲鳴を上げかねない…でしょうね。
  • ミスティア?
    • ちゃっかり。3コマ目で、光る稲妻を怖がっています。もしかして雷が苦手とか?真相は不明ですが。
  • 一回休み
    • そういえば、遥か前にルナチャイルドも落雷を受けていたような気が…。そう考えると、ルナチャイルドはわりとタフなのでしょうか?

以下雑考やらその他云々。

  • ミズナラ
    • ブナ科の落葉高木。日本全土の山地に自生している。
      材木としてはブナ科の中でかなり重要なようで、建築・家具から樽の材料としてまで幅広く用いられているようだ。
      なお、和名の由来は霊夢やルナチャイルドが言っているように水分を多く含んでいる事から。
  • バベルの塔 Tower of Babel
    • 『旧約聖書』創世記11章。
      大洪水を逃れたノアの子孫のうち、シナルの地(バビロニア)に辿り着いた人々が自分達の名を上げて地表に散る事を免れるようにと建てようとした塔。
      しかし神はこれを良しとせず、それまで一つだった人々の言語を乱した。その為人々は各地に散っていってしまった。故に塔は未完成のまま工事は中止して終わってしまったという。
      なお、バベル(Babel)はヘブライ語で”混乱”を表す語とされるが、一説にはバベルの語源はbab-ili”神の門”であったという。
      タロットカードには「塔(The Tower)」の大アルカナが存在するが、これはバベルの塔を指しているという見方もある。
      また、絵柄は高い塔が雷で破壊されている様子が描かれたものが多いようである。
      これらより、今回の話(落雷)との関連が見出せる。塔が高かった為に雷で壊れた、と。
      …しかし流石は東洋の西洋魔術師(確か紅魔郷での二つ名)魔理沙。ちゃっかりユダヤ教聖書の話題を持ち出している。
  • 出る杭は打たれる
    • 頭角を現す人はとにかく恨まれやすい。
      差し出た事をすると他人から非難される、という意味も。しかし、妖々夢2面でも同じセリフを言っていた魔理沙。もしかして、常套句?
  • 木は一つの社会
    • 木は色々な生態系に影響を及ぼす。
      しかし、絵の様子から北欧神話の世界樹ユグドラシルや、或いは命の木を連想したのは私だけだろうか?
  • 龍神は水が好き
    • 日本では(特に仏教が隆盛してきた平安時代以降か)龍神が広く雨乞いの対象や水神として祀られてきた。
      元々龍の輸入元である中国の龍も出現する際には暴風雨を伴ったり、沢や海に棲むと言われているように水と深い関係があった。
      また、竜王のイメージの原型になったインドのナーガも同様に、ナーガの王は降雨をもたらす存在とされていた。ということで、ある程度水と蛇(ないし龍)の関わりは東洋では共通意識であったらしい。
      日本でも同様で、龍神は水神であった。また、「龍が昇天して雷になる」という思想が中国にあったように、龍神は雷神でもあった。雷は往々にして豪雨を伴う為、雷神に雨乞いを行う事もあった。そんなわけで、龍も水神であり、また同時に雷を司る存在でもあった。
  • 木を祀る
    • つまり御神木ということであろうか。雷は名の通り「神鳴り」であり、雷とは古くから神の示現と考えられてきた。
      これは雷の別名の一つに”カンダチ(神顕ち、つまり神の出現)”とあることや、『日本霊異記』の「道場法師」の譚などからも窺える。雷神が宿る木、という思想は他にも「霹靂(かむとけ)の木」(推古天皇二十六年の条)に見受けられる。
      霊夢は竜神様の示現があったとして祀るのか、それとも他の意図があるのか…。

第22話雑考

初版’ 08 8/26

話は前回に引き続きミズナラの木への落雷の話題。

  • 桑原
    • 有名な雷除けの呪文。
      この呪文の由来は、道真公に纏わる逸話から。それにしても、いつぞやの鷽替え神事といい、わりと道真公(天満宮)に纏わる話題が登場しますね、三月精。
      左遷され、そのまま亡くなってしまった菅原道真公。
      その復官贈位の年、道真公の邸があった所領の桑原以外の土地には落雷が絶えなかったという。そこで京中の人々は雷鳴の際に「桑原、桑原」と唱えたことから。
      なお、道真公は幼少の頃より学術に優れ、18歳の時、律令制度の国家公務員試験に当たる試験で、”進士”の科目に合格。さらに23歳の時には、”秀才”に合格し、その後も出世を続けたという。そして、醍醐天皇の御代に右大臣へと登り詰めた。
      しかし、それが時の権力者である藤原氏の不満を買い、延喜元(901)年、藤原時平の讒言によって大宰府へと左遷されてしまう。
      その二年後、道真公はそのまま亡くなってしまった。
      一方、ほぼそれと時を同じくして、京中では異変が相次いだ。宮殿への落雷、藤原時平の病死などである。
      その中、延長8(930)年には天皇の宮殿である紫宸殿に落雷が発生し、多数の死傷者が出るという事態になった。
      そして、この落雷は道真公の怨霊が、元々京都の北野に祀られていた火雷天神と合体して起こしたものと考えられた。
      そこで天暦元(947)年、当時の人々は道真公を鎮める為に北野天満宮を創始した。
      菅原道真公が雷神として祀られるのは、こうした逸話による。一方の”桑原”の呪文も各地に広まった。
      なお、桑の木は元々霊木、神木として崇められていたという。また、古代中国の書『捜神記』には桑樹の下で雷を捕らえたという話があるといい、道真公以外にも雷と桑の木を結び付ける接点はあったようだ。
  • 蘖(ひこばえ)
    • 雷には穀物に豊穣を授ける力があると信じられていた(こちらは菅原道真公との関連ではなく、元々あった雷神信仰からだと思われる)。
      これは雷を”稲妻”というように”稲”の名を持った別名で呼ぶことからも窺える。雷が稲を成長させると信じられていた故の名である。落雷した翌日には既に新しい枝が生じていたのは、この雷に纏わる信仰を踏まえたものか?そうであれば、成長祈願もまあ頷けるが。

と、神話・伝承関連で気になった点はこのくらいでしょうか。

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