ところで、『地霊殿』において旧地獄跡地の様子が明らかにされた。
そこは地獄から切り離された為、新たな罪人が落とされてくることはなくなっていた。
その為、現在その地に住む者といえば
元々棲んでいた地獄鴉、死体を運ぶ火車、
他に物好きな妖怪達と、恨みだけで動く怨霊
キャラ設定.txt/空の項
のみであったという。
劇中でも、お燐の弾幕やStage5の道中には人魂(おそらくは怨霊)が出現し、Stage6では烏が飛び交っていた。霊烏路 空も、元々は地獄鴉の一人であったという。
では、この地獄鴉とは一体どういった存在であったのだろうかというと、劇中では詳しく語られてはいない。
しかしながら、唯一伊吹 萃香のみがその存在について言及している。
こいつは地獄鴉
灼熱地獄で死者の肉を啄む下賎な烏さ
この発言に拠れば、灼熱地獄にいて、死者の肉を喰らう鴉、それが地獄鴉らしい。
ここで、現実世界で語られる地獄に着目してみたい。
先述した地獄鴉のような存在は地獄にいるのだろうか。この点について調べる為には、地獄の様子が詳しく描かれていることが望ましいと思われる。
そこで、平安時代に源信によって著された『往生要集』に着目する。この書物は諸経論の中から浄土に関する要文などを取り出し、集積したものである。それによって地獄の様子も事細かに描写している。
その中に、地獄にいる者達の姿も描かれている。例えば、罪人を責め立てる閻羅人(閻魔王の配下の獄卒)や、罪人の骨肉を喰らう狗(犬)・野干(狐)などである。
そうした閻羅人や獣に混じって、鳥の姿も描かれている。
『往生要集 上』(石田 瑞麿訳注/岩波書店出版)では八熱地獄の最下層、阿鼻あび阿鼻地獄(無間地獄)の別処の一つである”閻婆度処(えんばどしょ)”には、その名も”閻婆”という悪鳥がいるという。
その嘴は鋭く、炎を出す。また、罪人を取って空中に舞い上がり、そのまま暫く空中を飛んだ後に罪人を放り、地面に激突させる。それによって罪人は粉々に砕けるという。
この他にも、第三層の衆合地獄では罪人の骨肉を喰らう存在として極悪の獄鬼や熱鉄の獅子などと共に「烏、鷲等の鳥」が記されており、「鉄炎の嘴の鷲」という記述もある。
加えて、同地獄の別処の一つ”多苦悩”の項には「炎の嘴の烏」という記述がある。
これらから察するに、『地霊殿』に見る”鴉”という文字や”地獄鴉”といった存在こそ見ることはできないものの、『往生要集』で描かれている地獄の中には罪人の骨肉を啄み喰らう烏の存在を見ることはできる。
さらに同書では『喩伽論』(第四)を引き、八熱地獄の別処のうちの一つ”鉄設柆梨(てつしゅうまり)の林(鉄刺林)”の中の描写で、「鉄の嘴(原文では上に”此”、下に”朿”を配する漢字)ある大いなる烏」(梵語原文では”鉄の嘴という名の大いなる鳥”というらしい)が記されている。
この烏は、鉄の刺が罪人の体の至る所に突き刺さっている際に
かの頭上に上り、或いはその髆(肩)に上り、眼精を探り啄んで、これを噉(は)み食ふ
という。この他にも『正法念処経』(巻八)には大叫喚地獄にある十六の別処の名前の一つに”金剛嘴烏”があるなど、地獄と烏とを直結させる考えは思いの外あったようである。
― 出典 ―
- 『東方地霊殿 ~ Subterranean Animism.』 上海アリス幻樂団 2008
― 参考文献 ―
- 『往生要集 上』 石田 瑞麿訳注者 株式会社岩波書店 1992
- 『往生要集』 中村 元著 株式会社岩波書店 1983