1.空虚な器

『東方地霊殿 ~ Subterranean Animism.』にて、ラスボスとして登場した霊烏路 空。

地獄に棲む存在でありながら、八咫烏やたがらすという神の力を宿した彼女。

ある意味イレギュラーともいえるその力を宿すことができた空とは、一体どのような存在であったのだろうか。

それを知る為に、まずその名前に着目したい。

その姓にある”霊烏”とは瑞祥(ずいしょう)のある、或いは尊い不思議な烏を意味する。瑞祥とは、目出度い事が起きる兆しのことである。

中国の神話や伝承に出現する三足烏も瑞祥とされ、日本においてもそれは瑞祥とされた。

このような瑞祥となる動物は古来重要視され、場合によっては瑞祥となる動物がきっかけで改暦された場合すらあるという。

加えれこれに関連して述べるのであれば、『古事類苑 動物部』烏の項(延喜式二十一治部)の記述には、

白烏 太陽之精也 蒼烏…(中略)… 翠烏 羽有光耀…(後略)

というものがある。

これに拠れば、白い烏は太陽の精であり、翠色の烏は羽に光耀有り、
とされているようである。つまり、白い烏や翠色の烏は太陽や光に関連することになる。

ここで空の服装に注目すると、奇しくも白いシャツや緑色のスカートが目に留まる。とすれば、もしかしたらこの太陽や光といった要素が空の衣装の色にも表れていたのかもしれない。

また余談ではあるが、烏という点に着目するのであれば、彼女の翼や髪の色が黒であることもその関連だと思われる。

さらに画面の右側、『東方地霊殿』の文字の下に描かれている翼も空の存在を示唆するものだったと考えられる。

さて、次に見るのは”路”の文字である。『古事記』や『日本書紀』の中には、神武天皇が東征する場面が描かれている。

その軍勢が熊野の山中に立ち入った際、その先にたって先導、つまり”道”案内した存在が八咫烏である。霊烏路の”路”はその神話に由来するものかもしれない。

それでは、”空”という名にはどのような意味が込められているのであろうか。

今度はその点に着目したい。

“うつほ”という語は空洞を意味するという。この”うつほ”という語を用いた単語には、大きな木をくり抜いてつくる舟を指す、”うつほ(うつほ・うつぼ)舟”というものがある。

また、平安時代に記された長編物語『宇津保物語』も、主人公が木の空洞に住んだという部分を含む物語であることから”うつほ(宇津保)”と名付けられたという。

ところで、古来霊魂は玉の形として捉えられてきたらしい。

それは魂の語の中に”たま”という音が含まれることや、”玉の緒”といえば命のことを指すなど、命や霊魂に関して”たま”の音を含む語が散見することからもこのことが窺えるのではないだろうか。

魂が玉の形と述べたが、それは神霊も同様であったらしい。

そこからか、中が中空のものや窪み、凹みのあるものなどに神霊は宿ると考えられた(山や大木などの先端が尖ったものに神霊は降りるという考えもあったが)。

中が中空であるものとしては、古来は器として利用された瓜もその一例で、古くは水神が宿る依代よりしろと考えられていたという(これは余談だが、胡瓜が水神(或いは水神が零落したものと考えられる河童)の好物とされるのもその名残といわれる)。

また、瓜子姫の伝承では主人公の瓜子姫が瓜から生まれているなど、伝承や昔話にもその思想が尾を引いていると考えられるものも見られるという。

或いは『日本書紀』で彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)が無目籠(まなしかたま)なる籠(中が窪んだもの)に乗って海神宮に行くなど、中が中空のものや窪んだものに神霊(ないし霊的存在)が宿るというような考えは広く見られる。

そして、神霊はこうした中空になっているものに宿ってこの世と異界とを行き来するものと信じられていたようである。

先述した”うつほ舟”に纏わる伝承でも、豆酘(つつ)の岬(長崎県)に浮いていたうつぼ舟に漁船が近付くと、舟の中に光る石があったので持ち帰り、高御魂(たかみむすび)神社の御神体として祀った、というように、うつほ舟と神とが関連して描かれている。

その中でも特に著名なのは、大隅(おおすみ)八幡宮(鹿児島県)の縁起として伝えられる伝承であろうか。

震旦国(中国)の陳大王の娘に、大比留女(おおひるめ)という少女がいた。

大比留女は七歳にして懐妊し、父王がこれを問いただしたところ、朝日の光が胸を覆っている夢を見たと思ったら身篭っていたと語ったという。

王はこれに驚き、大比留女と、生まれた子をうつほ舟に乗せて海に流してしまった。この舟が日本の大隅に流れ着き、その地で大比留女の子は正八幡として祀られた、また大比留女自身は聖母大菩薩として顕現したというのが、その伝承のあらすじである。

この例のようにうつほ舟に纏わる伝承には、女性が乗せられてどこかの場所に流され、そこで神として祀られた、という型の話が多いという。

また、既述した伝承では、大比留女が太陽に関する夢を見て懐妊したというように、その子供には太陽神としての性格が見受けられるところが興味深い(ただし、うつほ舟で流れ着いてきた者が災厄をもたらすとして忌み嫌われた例や、殺された例すらもあり、全てが神として崇められたりしたわけではないという点は注意すべきかもしれない)。

さて、このような事例からうつほ舟を始めとする中が中空のもの、つまり”うつほ”のものには神霊が宿る、という思想があったことが窺える。

ここで空に視点を戻したい。空はその身に八咫烏を宿していた。

つまり、そこには”空(うつほ)”に”八咫烏神”を宿すという点で先の伝承などと共通点を見出すことができる。

そこで先述した伝承や思想を当て嵌めて見ると、彼女は”空”という名前だったからこそ、八咫烏という強大な神を宿し、その力を使うことができたのだ、と考えることもできるのではないだろうか。

― 出典 ―

  • 『東方地霊殿 ~ Subterranean Animism.』 上海アリス幻樂団 2008

― 参考文献 ―

  • 『よくわかる「世界の幻獣(モンスター)」事典』 「世界の幻獣」を研究する会著 株式会社廣済堂 2007
  • 『日本神祇由来事典』 川口 謙二編集 柏書房株式会社 1993
  • 『中国神話伝説辞典』 袁珂著 ・鈴木 博訳 株式会社大修館 1999
  • 『広辞苑 第六版』 新村 出著 岩波書店 2008
  • 『日本民俗大辞典 上』 福田 アジオら編集 株式会社吉川弘文館 1999
  • 『日本民俗語大辞典』 石上 堅著 桜楓社 S.58
  • 『上代説話事典』 大久間 喜一郎/乾 真己編 祐山閣出版株式会社 H.5
  • 『古代海人の世界』 谷川 健一著 小学館 1995
  • 『原子力辞典』 安成 弘監修 原子力辞典編集委員会編 日刊工業新聞社 1995
  • 『古事類苑 動物部』 株式会社吉川弘文館 S.55

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