6.神格化された炎

太陽の力を宿した空、その彼女に与えられた二つ名は”熱かい悩む神の火”であった。

霊烏路 空という名前には、神の力を宿す力があったのではないかと第1節で述べた。

では、その二つ名にはどういった意味が込められているのであろうか。

そこでまず、”神の火”という語が何を指すのかという点について明らかにしておきたい。

それについて最初に想像できるのは、一つには核融合反応によって光熱を発する太陽、二つ目には、未だに実験段階という発展途上にある核融合炉ではないだろうか。

無論それは、空の”核融合を操る程度の能力”、若しくは古来より太陽が世界各地で神格化されて崇拝されてきたという点からである。

なお、太陽の内部は、自身が生じる強大な重力によって凄まじい高温・高圧の状態になっており、中心部では水素などの軽い原子の原子核が衝突することで核融合反応が生じているという。

そうして地上に光をもたらす太陽は、古来から人類の崇拝の対象とされてきた。

一方、その太陽と同質の原理を用いた人工的な核融合炉を造り、そこからエネルギーを得る。

それを目標に現在研究が進められている核融合炉ではあるが、その実現の為には幾つもの障壁が立ちはだかっている。

一例として、実現の為にはこれまで人類が未経験であった領域の技術を複数に渡って駆使することになるということが挙げられよう。

そのような観点からいえば、核融合炉は人類未踏のエネルギーであり、それに対して、敬讃を込めて”神の火”と称したのではないだろうか。

無論、核融合の力は太陽のエネルギー源であるという点も見逃すことはできないであろう。

神の火とは、太陽、或いはそれと同種の原理を用いた核融合炉のことではないか。

その点を踏まえた上で、”熱かい悩む”の語について見てみたい。そこで『日本語源大辞典』という書に拠れば、”物事を処理する、操作する”という意味の語”扱う”は元々、”熱(あつ)かふ”から来た語であると記されている。

そして、熱や病などの事態に対し煩うこと、から身を煩い事態に対処する、意味に変じ、”扱う”の語になったものか、と説いている。

この説を採るのであれば、”熱かふ”は”扱う”であり、太陽の力、核融合炉は扱いに悩むものである、ということできるであろうか。


一方、元々の”熱かふ”に着目してみると、その語には”熱で悩む”という意味があるという。空の二つ名には、さらに”悩む”の語が付随している。

ところで、この”熱かい悩む”という語は、字こそ違いはするものの、神話にも登場している。それは『日本書紀』(神代上)における、伊奘冉命(いざなみのみこと)が数々の神々を生み、最後に軻遇突智(かぐつち)を生む場面の別伝(一書あるふみ)の中である。そこには、

一書曰、伊奘冉命、且生火神軻遇突智之時、悶熱懊悩。

と記されてる。このうち、”悶熱懊悩”部分が”悶熱(あつかひ)懊悩(なやむ)”と訓じられるのだという(書によって字に多少の異同あり)。

なお、この後、熱に伊奘冉命は金山彦(かなやまひこ)、罔象女(みずはめ)、埴山媛(はにやすひめ)を生じたとされる。

この字句の一致は偶然なのだろうか。場面としては八咫烏は全く関連しない為、直接の関連を求めることは難しい。

しかしながら、この空の二つ名は神話中に用いられた文言と重ねることでよりその霊威を増す、というような意味合いがあったとも考えられるかもしれない。

― 出典 ―

  • 『東方地霊殿 ~ Subterranean Animism.』 上海アリス幻樂団 2008

- 参考文献 -

  • 『広辞苑 第六版』 新村 出著 岩波書店 2008
  • 『古語林』 林 巨樹/安藤 千鶴子編 株式会社大修館 1997
  • 『日本語源大辞典』 前田 富祺監修 株式会社小学館 2005
  • 『日本書紀 上』 坂本 太郎/家永 三郎/井上 光貞/大野 晋 校注 株式会社岩波書店 1979
  • 『核融合炉工学概論 ― 未来エネルギーへの挑戦 ―』 関 昌弘編 日刊工業新聞社 2001
  • 『原子力のすべて』 「原子力のすべて」編集委員会編
  • 『原子力辞典』 安成 弘監修 原子力辞典編集委員会編 日刊工業新聞社 1995

この記事を書いた人