前回の補考では、東風谷 早苗の用いる秘術や準備のスペルカードに見られる晴明桔梗印に纏わる事物として九字の印を題材に取り上げた。
それと同時に、『東方地霊殿 ~Subterranean Animism.』にて用いたスペルカード秘法「九字刺し」についても言及した。
今回はこれに続き、同じく『地霊殿』にて新たに用いた二種のスペルカードについても取り上げてみたいと思う。
1. 奇跡「ミラクルフルーツ」
Miracle Fruit(奇跡の果実)。
英名では Miraclous Berry とも称される一方、中国では神秘果と呼ばれるようだ。
その名前は、この果実を食べた後に酸っぱいものを食すと、それを甘く感じることに由来する。
原産地はアフリカで、西部の熱帯地方に多く見られる。学名は Sideroxylon dulcicum、アカテツ科に属す。また、樹木としては高さ2~3mほどの低木であるという。その果実は長さ2cm、幅1cmほどの楕円、卵形で、成熟すると濃い赤色になる。
これは実際、劇中で東風谷 早苗が放つ弾幕が楕円形の赤い弾(後に無数の米弾に拡散するが)であり、このミラクルフルーツの外見を模したものであるといえよう。
なお、酸っぱいものを甘く感じるのは果実中にミラクリンという味覚変革タンパク質を含むためであるという。現地の人はこの効果を、酸味のあるヤシ酒を飲む際を始めとして食品の調味用として用いる他、キニーネの苦味消しなどにも用いるという。
なお、東風谷 早苗との繋がりは、Miracle を訳すと”奇跡”であり、自身の”奇跡を起こす程度の能力”との関連であると考えられる。
2. 神徳「五穀豊穣ライスシャワー」
ライスシャワー(Rice Shower)とは、協会の結婚式の後に式の参列者が新郎新婦に多数の米粒を振り掛けるという欧米の風習である。
多数の米粒は幸福・豊穣といったものの象徴であるとされる為、それは祝福の意味を持つ。
また、この風習は一説にはローマ時代の花嫁が持った小麦の束に由来するという。
これは中世にはキリスト教徒がユダヤ教徒の”結婚した男女に小麦を掴んで投げつける”という風習を取り入れたことによって変容する。その後、式を終えた後で夫婦が小麦(のケーキ)を共に食するという習俗と混ざり合って、投げつけるものが小麦から作られた菓子に変化する。
それがさらに変じて、現代の米粒に至ったのだという。
よって、米粒を投げつけることには、元々小麦の束の持つ豊穣や多産といった意味合いに由来するといえるとも思われる。
余談として、全く別物の風俗ではあるが、日本にも古来から”米を撒く”という風習は存在した。それは”散米”というもので、最近では個人の祈祷や参拝の際に洗米を紙で捻って神前まで持参し、それを社頭で撒くことをそう呼んだ(他にはウチマキ、オヒネリなどという幾つもの呼び方があった)。
これは賽銭の古形で、神への供物、捧げ物という意味があった。一方で、地鎮祭などで四隅に米(或いは塩や切木綿など)を撒くという風も見られるが、これには土地の精霊への供物という意味の他、祓えの役割を持っているともいわれる。これもまた”散米”と呼ばれていた。
この祓えの力は、米の持つ霊力で罪や穢れを祓うとされていた。これらのように、日本の”散米”という行為には主に神への供物という意味と、罪穢れを祓う意味の二つがあった。
この他、旅の平安祈願や稲作の予祝の為に散米が行事として行われたこともあったようである。
特に後者は稲作と結びついており、興味深い。
五穀豊穣とは主たる穀物、穀物全体の実りが豊かであることを表し、この「五穀豊穣ライスシャワー」は”その年において五穀豊穣となることを願って米をばら撒く”ことを表しているのではないか、と考えることができるからである。
一方で、東風谷 早苗が祀る二柱の神は五穀豊穣の神徳を持っていることから、既にその神徳が発揮されており、”その年において五穀豊穣になったことを祝って米をばら撒く”という解釈もできる。
ただし、どちらにしても二柱の神に対しての願掛け、或いは、成就の報告
といったどちらの意味合いでも通じる為にここではさして大きな問題とはならないように思われる。
演出としては、ライスシャワーのその言葉よろしく、無数の米弾(米粒を表すと思われる)が降り注ぐ様子を呈している。
これらのスペルカードは、各々が冠している名称が表すように、ミラクルフルーツは東風谷 早苗の”奇跡”の能力に通じ、五穀豊穣ライスシャワーは二柱の神の”神徳”に通じるものであるといえよう。
― 出典 ―
- 『東方風神録 ~ Mountain of Faith.』 上海アリス幻樂団 2007
- 『東方地霊殿 ~ Subterranean Animism.』 上海アリス幻樂団 2008
― 参考文献 ―
- 『学研 現代新国語辞典 改訂新版』 金田一 春彦著 株式会社学習研究社 1997
- 『ジーニアス英和辞典 第3版』 小西 友七/南出 康世編集主幹 株式会社大修館書店 2003
- 『広辞苑 第六版』 新村 出著 岩波書店 2008
- 『果物・種実 新・食物事典 6』 河野 友美編 株式会社真珠書院 1991
- 『An Iconograph of Fruit Trees of the World 世界果樹図説』 中村 三八夫著 農業図書株式会社 S.51
- 『世界食物百科 起源・歴史・文化・シンボル』 マグロンヌ・トゥーサン=サマ著/玉村 豊男監訳 株式会社原書房 1998
- 『アメリカ風俗・慣習・伝統事典』 タッド・トレジャ著/北村 弘文訳 株式会社北星堂書店 1992
- 『民俗の事典』 大間知篤三ら編集 岩崎美術社 1972
- 『日本民俗大辞典 上』 福田 アジオら編集 株式会社吉川弘文館 1999
- 『Truth In Fantasy54 神秘の道具 日本編』 戸部 民夫著 株式会社新紀元社 2001