1節 ヒトガタの負う厄、禍

流し雛。それは人間が持つ”穢れ”や罪、災厄を移し託す、いわば人間の身代わりとなる人形。

また、災厄を託した人形を川に流す行為・行事もそう呼ばれる。

そこには、災厄を託した人形が川を流れ去ってゆくことで人の身に降りかかる災いを除去しようというとする人々の願いが込められている。

この人の許を離れたヒトガタは川の先、さらにその果ての海の彼方へと流れてゆき、やがては人の手の及ばぬ異界へと災厄を運び去ってくれると考えられていた。

例えば、大きな神事の際に唱えられる”大祓詞おおはらえことば”では、瀬織津比売(せおりつひめ)という、速い流れを司る神が大海原に災厄を運び、渦巻く海にいる速開都比売(はやあきつひめ)という神が災厄を飲み込み、その先で気吹戸主(いぶきどぬし)という神が根の国底の国に吹き放ち、速佐須良比売(はやさすらいひめ)という神が何処とも無く持ち去ってゆく、というようなことが記されており、災厄が異界の先に運ばれていく様子が窺える。

さて、我々が”雛”という単語を聞くと、三月三日の桃の節句、雛人形を思い浮かべることであろう。

しかし、流し雛の”ヒトガタに災いを託して人々の幸福を願う”という人形・行為と、雛人形の文化は、起源を別にするといわれている。一方で、流し雛の文化の成立には雛人形の影響があったことも事実であるという。

そこで、まずは雛人形について触れておきたい。雛人形の起源は、一説には平安時代の貴族の女児が遊んだ人形に端を発するといわれる。

この三月三日という期日に定まったのは、古代中国の”三月上巳じょうしの祓い”と呼ばれる”祓え”の行事の影響が大きい。三月上巳とは三月上旬の巳の日のことであり、その日に中国の古人が行ってきた水辺で手足を洗い、草で体を払うなどの”祓え”の行事であったとされる。

これが後の魏の時代に入って三月三日と固定され、その文化が日本に伝来したのだという。

一方で、日本にもこの”三月上巳の祓い”の文化が伝わる前から、巳の日にはヒトガタを作り、そのヒトガタで体を撫でたり、息を吹きかけたりして災いを託し水に流すという、流し雛の源流とも言える行事が行われていた。

“三月上巳の祓い”とヒトガタは、期日の一致とその性格が共に祓えであったことから結びつき、さらにそれが女児の人形(雛人形)と絡み合って、流し雛の文化を作り出したという。

流し雛の行事が多く三月三日に執り行われるのも、この影響だと考えられているようだ。ところで、何故そもそも三月上旬に祓えの行事を行う必要があったのであろうか。

これに関しては、他の”祓え”の行事を見てみると判りやすいであろうか。

例えば、流し雛と同様に人の形を模したヒトガタに穢れを移して川に流す”ヒトガタ流し”の行事は六月晦日や大晦日に行うことが多い。

ヒトガタの一例(日光二荒山神社 / 筆者撮影)
ヒトガタの一例(日光二荒山神社 / 筆者撮影)

同じく”祓え”の意味を持つ茅ちの輪神事も六月晦日に行われることが多い。これらはいずれも半年や一年の区切りの時期であり、新たに事を始める前に穢れを祓おうとする意図があるとされる。

故に、”三月上巳の祓い”もこの意図を汲んでいると考えられる。即ち、三月上旬が田の作業を行う直前に当たる為に、その一年の豊作を祈って、事に当たる前に”穢れ”や災いを祓うのである。

さて、鍵山 “雛”という名や、その二つ名「秘神”流し雛”」から窺えるように、雛について語る上では、流し雛の習俗は必要不可欠な要素である。

それについては、ミュージックルームでの「運命のダークサイド」のコメントにあるように、衣装がゴスロリ調で統一されていることも見逃してはならないだろう。

過去の作品においても、毒を操る”人形”・メディスン・メランコリーに見られるように東方の世界の中では、ゴスロリ調の服と人形はどうやら密接な関係があると思われるからである。

そこで、鍵山 雛においても、流し雛・ヒトガタと、雛という存在をより密接に結び付ける要素として、ゴスロリ調の衣装を装ったと考えられないだろうか。

また、スペルカード行使中の背景が波頭と巴の文様を組み合わせていることも、雛と流し雛の関係を表しているといえるだろう。

波が発生するのは、一般に海の上である。

海は先に述べたように、川に流された流し雛が辿り着く先である。巴の文様が意味するものは諸説あるが、その背景が波頭、即ち海の見立てであるならば、渦巻きを表していると見て差し支えないだろう、と考えられる。

とすれば、巴の文様は速開都比売に体現されるような大渦であり、人の手の及ばざる異界への扉と考えられる。つまり、そこは雛が人間から託された厄を放つ場所を示しているのではないだろうか。

このように、雛というキャラクターを構成する諸要素から流し雛との関連を指摘することができると思われる。

それは無論、スペルカードとて例外ではないだろう。

創符「流刑人形」

この名称は、流し雛を象徴するスペルカードと見て良いと思われる。これの下位スペルカードである、創符「ペインフロー」もまた、Pain(苦しみ、苦痛) Flow(流れる、流れ)であるから、”苦痛が流れる”、意訳すれば”苦痛流し”とでもなろうか。

このスペルカードも、創符「流刑人形」と同じようにヒトガタに災いを託し、川に流すことを指していると考えられる。

なお、”創”の文字はキズと読む場合もある。

この”キズ”という語は、ステージ2のテロップ「神々の”疵”痕」など各所に散りばめられている。それ故に、”キズ”という語は一瞥を祓う必要があるだろう。

その観点からいえば、次のスペルカードも無関係ではないと思われる。

疵符「ブロークンアミュレット」

疵痕「壊されたお守り」

Broken Amuletとは、”壊れたお守り”を意味する。その弾幕は、陰陽道などで用いられる五芒星・六芒星と同じように多くの頂点を持つ星の形を模して放たれ、その形が壊れるかのように弾が分散してゆく。

お守りは、それを所持している人間の災厄を引き受けてくれると考えられた。故に、お守りが壊れたときは本来その人間に降りかかるはずだった災厄を引き受け、身代わりになったと考えられる。

その役割には、流し雛と共通する点が見受けられる。つまり、”キズ”と冠したスペルカードはいずれも、人の災厄を引き受ける役目を担ったスペルカードであるといえそうである。


――ところで、この”キズ”という語が意味しているものは一体何であろうか?

テロップの「神々の”疵”痕」という語や、スペルカードに冠された”疵”符、”疵”痕、”創”符の文字。

これらは、人々に降りかかる災厄を”キズ”と称しているのか。それとも、災厄を託されたヒトガタやお守りが負った”キズ”であろうか。劇中でその答えが明確に示されることはなく、これに関しては想像に頼る外無いであろう。

そこで、個人的な主観ではあるが筆者のイメージを記してみたい。

まず、雛のイメージには、何処か悲愴感が漂っているイメージがある。

それはもしかすると、いずれは人の手を離れて流されると宿命付けられたヒトガタ達の様子を表しているのかもしれない。

災厄を引き受ける為に生まれ、災厄を背負って流される無数の人形達。もしもヒトガタ達に心があるとするならば、捨てられると判っている自らの境遇によってその心に”キズ”を負うことは容易に想像できる。

悲劇の流し雛軍団の長

キャラ設定.txt

そう記されているように。そして、雛が人から災厄を引き受ける流し雛であり続ける限り、その呪縛から逃れることはできないだろう…と。

余談1 ― えんがちょと祓え ―

“えんがちょ”とは、主に関東地方にて昭和初期から使われた語で、汚いものを意味する。

特にこの言葉が用いられるのは子供達の間であり、ある子が犬の糞を踏むなど、汚い物に触れた場面に遭遇したときである。

そうして汚いものに触れた子に対して、

えんがちょ切った、鍵かけた、天の神様預かった

などという文句を唱えたのだという。このように、決まった文句の中に”えんがちょ”の語があることが窺える。

この場面から考えられるのは、汚いもの、即ち”穢れ”(この場合は見た目の汚さが重視されているが)に対してその関係を断ち、自らの身を守るという意味である。

この自らの身から”穢れ”を遠ざけるという点は、何処か”祓え”と似たような意識が窺えるのではないだろうか。

えんがちょの向こう側に私がいるから人間は平和に暮らせるのよ

――雛は、こうした人間の世界の”穢れ”も集めているのであろうか?

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