2.無数の目

古明地 さとりの容姿の中でも、一際存在が際立つ第三の目。

目は一般に知覚のシンボルであり、理解力や判断といったものに通じるとされる。

さらには、全知や全てを見通すような神性といったものまで表すこともあるという。

知覚のシンボル、全てを見通す力。それは、人の心を読むというさとりにとって相応しいシンボルともいえるのではないだろうか。特に三つ目は、超人的・神的な目であるとされる。

ところで、さとりがスペルカードを行使する際の背景、その中央には赤い輪郭を持ち、時計回りに回転している円がある。

これもさとりの”目”を表したものといえるだろう。

その”目”の中に描かれているものは判然としないが、天の川ではないかと思われる。

天の川は、非常に多くの微光星が集積し、白く光る川のように見える為の名で、銀河ともいう。

天の川が一筋の帯のように見えるのは、地球のある太陽系が銀河系の円盤と平行な面を見ている為である。その一条の白い筋は、ここではさながら目の瞳孔のようである。

では、何故天の川が”目”の中に描かれているのだろうか。

まず、天の川を銀河、ないし宇宙のことと見立てたとする。宇宙を万物の表象であるとすると、その図は目の中に森羅万象を映していることになるだろう。つまり、万物を見る目、全てを知る目ということになると思われる。

神話を見ても、例えばエジプト神話のホルス(古くはマート)の目は”万物照覧の目”とされるように、目は確かに、万物を見抜くシンボルであったようだ(これは多く一つ目で描かれるが、背景の中のみに着目すれば、一つ目と見立てることもできなくはない)。

一方で、天空を支配する神は千や万の目を持つという例もあるようだが、これは星のことだという。

即ち、天空に瞬く星を無数の目と見立てた着想である。天の川は数多の星の集合したものであることから、さとりの背景に当て嵌めると、大きな目の中に無数の目がある、という構図になろうか。

神話において、この千や万の目はやはり、全知を象徴するという(他には不可謬びゅう性や不眠の見張りなどがある)。

天の川を宇宙そのものと見立てるか、その数多の星を無数の目と見立てるか。

いずれにせよ、さとりが相手を見抜き、全てを知るような強大な力を持つ存在であることを表している、と考えられるのではないだろうか。


さて、先述した”無数の目”の考えに付随して、もう一度スペルカード行使中の背景に着目したい。

画面中央に大きな”目”が描かれているのは既述の通りである。

ところで、その後ろを幾条にも交わる黄色の直線によって描かれた幾何的な文様が、向かって右から左に流れている。

この文様を、”麻の葉文”という。正六角形をその図の基礎として、その形が大麻の葉に似た感じであるということからその名が生まれたという。

麻の葉文の一例(https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=18548791より)
麻の葉文の一例(https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=18548791より)

ただし、麻の葉を図案化して生まれたわけではない(先の図では正六角形になっておらず、また劇中の背景とも縦横比が異なる)。

なお、単独の正六角形が麻の葉であり、これを繋げたものを”麻の葉繋ぎ”或いは”麻の葉崩し”というそうだ。この幾何学的な文様の部分、特に縦に菱形状になっている部分に着目したい。すると、文様は何かの”目”のように見えないだろうか?

麻の葉文の一部、赤線部に注目すると「目」に見える
麻の葉文の一部、赤線部に注目すると「目」に見える

このように、見方によっては”目”―しかも劇中では文様が連なり、無数にあるよう―に見える文様を配したという点は興味深い。

もし、文様を無数の目と見立てるのであれば、霊夢や魔理沙を始め、画面の前にいるプレイヤーさえも常に無数の目に凝視されている、という見方もできるからだ。

そうして”目”を駆使し、心を見通すことで心の奥にある弾幕 ―しかもプレイヤーにとってはトラウマとなるような― を行使しているのかもしれない。

余談だが、そうしたトラウマになるような弾幕を行使する為の前準備として、彼のスペルカードがあるのだろう。

想起「テリブルスーヴニール」

単語は Terrible Souvenir(恐怖の記憶)だが、その発音から英語ではなく、フランス語を元としていると考えられる。

souvenir を動詞とすると、”~を思い出す、覚えている”という意味になり、”想起”の名に相応しい語であろうことが窺える。

このスペルカードによって記憶の奥底にある弾幕を探ったのであろう。

また、自機をサーチするレーザーはおおよそ、心を見抜く目の”眼光”を表しているのだろうか。

ところで、こうした霊的な目はいずれにせよ、呪術的な力を持つとされることもあった。

そうした邪眼は、その視線によって他者に害をなすという。

想起「恐怖催眠術」

もしスペルカード中のレーザーが”眼光”を表すのであれば、その眼光自体が影響を与えるという位置付けを強める為に、”催眠術”という名になったのかもしれない。

無論、terrible ― 恐怖、souvenir ― 想起、思い出させる→催眠術という上下の相互間での繋がりを考慮する必要はあるが。

さらに加えると、さとりが放つ通常弾幕も”目”をモチーフにしたものかもしれない(形としてはNormalが一番それらしく見えると思われる)。

第一弾幕の最初、自機に向かってくる弾幕の塊に着目すると、それは細長い楕円の中に大玉を配した形であり、第二弾幕も同様に時期に迫ってくる塊のみに着目すると、粒弾が形成する太めの楕円の中に細い楕円を配しており、それぞれが白目と瞳を表しているように見ることもできるからである。

このように、さとりの段幕を構成する至るところに、目のモチーフを見ることができるのは興味深い事象ではないだろうか。

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