3節 水神零落

“水を操る程度の能力”。

第2節では灌漑によって流水を制御する様子からその能力に迫ってみた。

ここでは、別のアプローチによってこの能力を紐解いてみたい。その為には、再度河童の起源にスポットを当てる必要がある。

ただし、その起源は大工の人形ではない。それは、牛頭天王の使い、即ち眷属であるというものである。

牛頭天王とは、インドの祇園精舎の守護神であり、名の通り牛の頭を持つ。

日本では、『備後国風土記』逸文にある『蘇民将来』の逸話が有名である。その逸話を、以下に記そう。

北に住む牛頭天王が、南に住む娘に求婚する途中で日が暮れてしまう。そこで牛頭天王は一晩の宿を請うが、裕福な巨旦(こたん)将来はこれを断ってしまう。

一方、巨旦将来の兄で貧しい蘇民将来はこれを喜んで受け入れた。これに喜んだ牛頭天王は帰路でも蘇民将来の許を訪れる。そして、茅で作った輪 ― 茅の輪 ― を蘇民将来一家に授け、身に付けるように指示する。

その夜、疫病により蘇民将来の一族を除き、他の者は死に絶えてしまった。

以上が、『蘇民将来』の逸話のあらましである。

なお、逸話の中で牛頭天王は自身を素盞鳴尊だと名乗っている。それ故に、素盞鳴尊を祀る京都府の祇園社(現八坂神社)に牛頭天王が祀られ、禊の信仰などと結び付き、祇園信仰という独特の信仰形態を形成するに至った。

そして、この祇園社の神紋である木瓜文が胡瓜を輪切りにした際の切り口に似ている為に、河童が牛頭天王の使い、即ち眷族であるというのである。

また、この為に各地の八坂神社の祇園祭・天王祭で神饌として胡瓜を捧げる風習が見られるという。しかし、これは祇園信仰に水神信仰をも習合した結果であるともいえるのだ。

水神はあらゆる水を司るといわれ、古代は多く蛇などの姿で表現された。また、水神は水を支配する為、時と場合によっては河川を氾濫させるという、恐ろしい性格も持っていた。

祇園信仰には、この水神信仰の影が見え隠れする。その一例が、先の胡瓜である。

前節でも述べたが、現在胡瓜は河童の好物として膾炙している。

しかし、元々は違う意味合いを持っていたらしい。胡瓜はウリ科の植物である。

瓜は実が中空になる為、器となる。器の中に入るものは様々であるが、そのうちの一つに神霊が挙げられる。つまり、瓜の実は古来、神霊が宿る依代と考えられていたのだ。

それが水神と結び付き、さらに胡瓜にも広がったという。後にこのような性質が時代の変化と共に忘れられると、胡瓜は水神の依代ではなく、好物と見做されるようになった。

そして、その性質が河童に受け継がれたのだ。

また、水に纏わる精霊は金物が苦手という性質を持っていたとされる。

これは、第1節でも述べたように通り河童にも見られる性質であり、ここにも、河童と水の精霊、水神との共通点が見受けられる。

このように、河童は水を支配する神、水神とも関わりを持っているのである。否、水神の信仰が薄れ、落ちぶれた姿が河童のイメージを形成したという一説すらもある。

であれば、河童 ― 河城 にとり ― が”水を操る程度の能力”を有していたとしても、何ら不思議はない。

洪水「ウーズフラッディング」

洪水「ディルーヴィアルメア」

Ooze Flooding。それは”滲み出る氾濫”、或いは”泥池の洪水”とでも訳せよう。一方の上位スペルカード、Deluvial Mereは”湖の洪水”となろう。

画面の左右から迫る水色の弾は氾濫する水を表すと考えられる。洪水「ディルーヴィアルメア」では弾が波打つようになり、氾濫の様子がより顕著に現れている。洪水・氾濫は水神としての荒ぶる性格を想起させる。

漂溺「光り輝く水底のトラウマ」

Trauma(心的外傷)。漂溺(ひょうでき)とは溺れることを意味する。

河童は、人や馬を水中に引き込み溺れさせるという。これもまた、河童の妖怪として恐ろしい一面を示すと共に、溺れるという水の恐怖も表しているともいえよう。

水符「河童のポロロッカ」

水符「河童のフラッシュフラッド」

水符「河童の幻想大瀑布」

Pororocaとは、アマゾン川が潮の干潮により逆流を起こす現象である。ときには内陸三百キロメートル以上にまで及ぶといい、大規模な現象であることが窺える。

Flashflood(鉄砲水)。鉄砲水は、山間地を流れる川が集中豪雨などにより増水、氾濫する現象である。

瀑布は滝のこと。これらはみな流水の現象であり、そのいずれも逆流、氾濫、滝と、水の激烈な現象を象徴するスペルカードといえよう。

これらもまた、荒々しい水の性質を表すと共に、”水を操る程度の能力”、即ち水神の荒ぶる性格を受け継ぐ河童故のスペルカードであろう。

――河童。

それは、古代の荒ぶる血を受け継いだ、水神の末裔なのである。

― 出典 ―

  • 『東方風神録 ~ Mountain of Faith.』 上海アリス幻樂団製作 2007
  • ※劇中の会話・テロップ、ミュージックルームのコメント、キャラ設定.txt
  • 『東方求聞史紀 ~ Perfect Memento in Strict Sence.』 ZUN著 一迅社出版2007

- 参考文献 -

  • 『河童 他二篇』 芥川 龍之介著 山口 昭男発行者 株式会社岩波書店 2003改版
  • 『図説 日本未確認生物事典』 世間 良彦著 柏美術出版社 1994
  • 『図説 | 日本の妖怪』 岩井 宏貴監修/近藤 雅樹編 河出書房新社 1990
  • 『日本妖怪博物館』 株式会社新紀元社 Truth In Fantasy編集部・弦巻 由美子編 戸部 民夫・草野 巧著 株式会社新紀元社 1994
  • 『妖怪草子 あやしきものたちの消息』 荒俣 宏+小松 和彦 米沢 敬編集 工作舎 editorial corporation for human becoming 1988第三版
  • 『日本伝奇伝説大事典』 乾 真己ら編集 角川書店 S.61
  • 『日本民俗大辞典 上』 福田 アジオら編集 株式会社吉川弘文館 1999
  • 『神話伝説辞典』 朝倉 治彦・井之口 章次ら編集 株式会社東京堂出版 S.47第12版
  • 『日本「神話・伝説」総覧』 宮田 登ほか著 大日本印刷株式会社 H.5
  • 『日本架空伝承人名事典』 大隅 和雄ら編集 平凡社 1986
  • 『日本民俗宗教事典』 佐々木 宏幹ら監修 三秀社 1998
  • 『日本神祇由来事典』 川口 謙二編集 柏書房株式会社 1993
  • 『Truth In Fantasy54 神秘の道具 日本編』 戸部 民夫著 株式会社新紀元社 2001
  • 『A CONPREHENSIVE ENGLISH-JAPANESE DICTIONARY REVISED&ENLARGED』 市河 三喜/畔柳 都太郎/飯島 廣三郎編者 合資会社冨山房 S.38改訂増補版第十七版
  • 『お守り動物園』 撮影・田淵 暁 加藤 秀俊/早谷川 明/佐々木 亭/鈴木 克美/阿部 株理/伊藤 比呂美/伊藤 清司著 INAX出版 1996

この記事を書いた人

アルム=バンド

東方Project から神社と妖怪方面を渡り歩くようになって早幾年。元ネタを調べたり考察したり巡礼・探訪したりしています。たまに他の事物も調べたりします。
音楽だと Pain of Salvation を中心に Dream Theater などのプログレッシブメタルをメインに聞いています。
本は 平行植物 。