ミサクチ神を招き寄せる祭儀。
それが神長官・守矢一族の秘術であり、東風谷 早苗の秘術もこれと同質のものであると述べた。現代において、守矢一族に伝えられていた秘術は既にこの世から失われてしまった。
これを、東風谷 早苗は五芒星の印を以って行使した。今となっては、実際に神長官の秘術に五芒星の印が用いられていたかどうかを確認する術は無いだろう。
では、東風谷 早苗の用いた五芒星の印には、一体どのような意味が込められているのであろうか。
日本において五芒星といえば、安倍晴明がつくった魔除けの印である、というのが著名である。
その為、五芒星の印を”晴明桔梗印”ということもある。また、同じ理由から京都市にある安倍晴明を祀る晴明神社の神紋ともされている。
劇中において、東風谷 早苗はステージ道中、ボス戦共に最初に展開する弾幕が五芒星であること、また神は不浄や穢れを非常に嫌うという性質から考えると、五芒星を魔除け、その場の浄化の為に用いていたという可能性が浮上する。
それならば、必ず最初に五芒星の弾幕を展開する理由も頷ける。
前節までで、東風谷 早苗はミシャグジさまを始めとする神霊を招き寄せることで奇跡の能力を行使していたと述べた。
弾幕やスペルカードも神霊の力に頼っているものであれば、当然その場に神霊を招き寄せる必要があり、その為にはその場の浄化が必要であると考えられるからである。
しかし、例外も存在する。
それは、準備系のスペルカードである。
このスペルカードは奇跡を起こした後に発動されることから、既に神霊を招き寄せる下地は出来上がっていると考えられる。にも関わらず、もう一度魔除けの印で浄化を行うというのは、どういうことであろうか。
次に行使する「神の風」のスペルカードは、2節で見たように神奈子の力であると断定して良いだろう。
その為、今までは出所がはっきりしない(ミシャグジさまや諏訪子の可能性もある)神霊の力とは違う力を用いるということで、今までの状態を一度水に流す為か、或いは「神の風」がより一層の潔斎を必要とする為に改めて五芒星の印を用いた、とも考えられる。
だが、ここでは敢えて別の観点を取り上げたいと思う。
それは”籠”の呪力である。
籠は古来より物を入れる容器として用いられてきた。
しかし、中に入るものは何も”物”だけではなかったようだ。例えば、『日本書紀』における海幸彦と山幸彦の神話で、彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)が海神宮(わたつみのみや)へ行く際に無間籠(まなしかたま)という、堅く編んで隙間の無い籠の舟に乗って行く。
これは、籠が神霊を宿す”依代”としての機能を持っていたことを示している。
神霊を始めとする霊魂は、日本では玉の形で表現される為か、神霊は器などの窪んだものに宿る、という思想は籠を始めとして広く見られる。
先の神話も、こういった”籠の中の空間”に神霊が宿るという思想の表れともいえる。
日本の籠には様々な編み方が存在するが、その中には”六目編み”と呼ばれる編み方が存在する。
それは、東風谷 早苗の五芒星とは頂点の数こそ異なるものの、六芒星という星を無数に配している。平面状に並べれば、互いに無数の星を並べる形であるという類似点がある。
また、ミサクチ神は”社宮司神(しゃぐじしん)”の別名を持つが、これが杓文字(杓文字は杓子の語に語義を発する)の音と似ている為、地域によっては”おしゃもじ様”と呼ばれることもある。
この杓子や杓文字も窪みを持っており、その窪みに神霊を宿すと考えられていたことから、ミサクチ神と、窪みに神霊が宿るという思想には繋がりが見える。
さらに、こうした無数の網目を並べる籠の目…即ち、”カゴメ”には魔除けの呪力があると信じられていた。それはカゴメが無数の隙間(目)を持ち、それが”セーマン”の文様に通ずると考えられていたからである。
一方で、準備系のスペルカードでは、五芒星の印が拡散する際に格子、或いは網目状になることも着目したい。”カゴメ”には六目編みよりもシンプルな、縦横の直線を交差させたものもあるが、こちらも立派な籠であり、やはり魔除けの力を持っていた。
それは、縦横の直線が直行する印は”早九字” ― 臨、兵、闘、者、皆、棟、列、在、前 ― の九つの文字を唱えつつ、手で宙を縦四横五の直線を格子状に切るという呪文と結びつくからである。
東風谷 早苗の準備系のスペルカードは、こちらとも関連していたのかもしれない(なお、後の作品となる『東方地霊殿 ~ Subterranean Animism.』では上記の九字をモチーフにした秘法「九字刺し」というスペルカードを行使していた)。
どちらにせよ、東風谷 早苗の準備系のスペルカードと籠(カゴメ)の間に関連性が見出せると思われる。
ところで、この”カゴメ”という語は童子の遊戯の一つ、”カゴメカゴメ”でも聞き馴染みのある語である。これは『東方紅魔郷 ~the Embodiment of Scarlet Devil.』にてフランドールが用いたスペルカードの名前になっている。
ここで興味深いことに、この”カゴメカゴメ”の遊戯は一説には神霊を招き寄せる為の儀式が遊戯化したものであるという説もある。
これらを踏まえ、もし東風谷 早苗が用いる五芒星がカゴメ……ひいては籠の暗示だとするのであれば、これらの五芒星の持つ意味は魔除けではなく、神霊を宿す依代、即ち”器”としての機能であると解することができる。
それは、東風谷 早苗の名や身に付けている髪飾りと同様の意味合いを持つことになる。
もし、画面全体に広がるほどの巨大な五芒星それ自体が神霊を招き、宿らせる力を持っていたとするならば、その力も強大であると考えられる…それはまさに、「神の風」という奇跡を起こす為の”準備”に相応しいスペルカードであったといえるのではないだろうか。