2節.奇跡の秘術

諏訪神社の祭儀を司ってきた神長官。

その祭儀の方法は、建御名方神が入諏するより以前から千年以上の昔から連綿と受け継がれてきた。

神官制度廃止によって存続が不可能になるまで、一族に受け継がれてきた秘術は

真夜中、火の気のない祈祷殿の中で、

一子相伝により「くちうつし」で伝承され

ていたという(『神長官守矢史料館のしおり』 守矢 早苗氏のはなし より)。

しかし、その秘術は現在は完全に失われてしまった。

神長官守矢祈祷殿
神長官守矢祈祷殿

神官制度廃止によって秘術が失われることを惜しんだ当時の神長官が後代に僅かながらその残滓を伝えたというが、それも現在には至らなかった。

現在は忘却されてしまった、一子相伝の秘術。これはいうまでもなく、

秘術「グレイソーマタージ」

秘術「忘却の祭儀」

秘術「一子相伝の秘術」

を髣髴とさせる逸話である。グレイソーマタージも、Gray Thaumaturgy(古代の魔術)であり、上位版と同じもの、即ち守矢一族に伝えられてきた秘術を指すと見て良い。

一方、これらの秘術に関しては、

秘密の多い秘術で雨や風を降らす奇跡を起こす

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口伝でしか伝えられていない奇跡を呼ぶ秘術

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と説明されている。これもやはり、”口伝でしか伝えられていない”ことや”秘密が多い”、つまり外部には漏らさない(一子相伝)ことから同様のものであると考えられる。

そして、これらの秘術は奇跡を呼ぶという。東風谷 早苗の”奇跡を起こす程度の能力”はこの秘術を持つが故であるといって良いだろう。そうして起こされた奇跡の一例が、東風谷 早苗が劇中で行使したスペルカードであろう。

奇跡「白昼の客星」

奇跡「客星の明るい夜」

奇跡「客星の明るすぎる夜」

客星(かくせい)とは、一定の場所に常に見ることのできない星のことである。太陽などの恒星に対していわれる語で、流星や彗星、新星などを指す。

ここで諏訪神社に伝わる”七不思議”を見ると、その候補の一つに”穂屋野ほやのの三光”というものがある。

それは、諏訪神社で旧暦7月26~30日の五日間に渡って行われた「御射山御狩(みさやまみかり)神事」(現・8月26~28日の三日間にわたって行われる御射山祭)の最中に見ることができる現象であり、「太陽・月・星の三光を同時に見ることができる」というものである。

東風谷 早苗のスペルカードでは、本人とその両脇から各々弾とレーザーが発射され、三つの光源を表現しているという点が一致する。

なお、”穂屋野”という名称は、御射山での神事において神職一同が山中の野で穂屋を葺いて仮庵とし、そこに一時的に居住することに由来する。

この”穂屋野の三光”について『古事類苑 神祇部第四』諏訪神社の項を見ると、『信府統記』二 の記述として

(前略)…元ノ原上トナル故、古歌ニ、しばし里ある秋の御射山、ト詠メルモ宣ナリ、二十七日午ノ刻ニ明星ノ三光並ビ見ユ…(後略)

とある。

御射山神社(上社)の穂屋
御射山神社(上社)の穂屋

午の刻とは、現在の時刻でいえば午前11時~午後1時の間に当たる。

時間から見てもまさに”白昼の客星”であり、東風谷 早苗のスペルカードはこれを典拠にしていると見て間違いないだろう。

しかし、一方でこの上位版のスペルカードの時間は夜に移ってしまっている。

こちらに関しては推測するしかないが、次に行使するスペルカードが開海「モーゼの奇跡」であり、ユダヤ教聖書(いわゆる旧約聖書)に典拠を置いていることから、キリスト教聖書(新約聖書)の”マタイ福音書”などに見られるイエス・キリスト生誕時に現れた星のことではないだろうか。

こちらは星が出現した時間帯が明確に記されているわけではないが、東方の三博士らが星に導かれてイエスの家を訪ねるという件で、ここに星が登場している。

開海「海が割れる日」

開海「モーゼの奇跡」

こちらも”奇跡”と銘打ってあることから、東風谷 早苗の奇跡を起こす能力によって行使されたスペルカードであると見て良いだろう。

モーゼの奇跡とは、ユダヤ教聖書・出エジプト記において預言者モーゼがエジプトから逃れようとする民を連れ出した際に見せた奇跡で、海を割ることによって民の通る道を作ったという著名な伝承である。

一方、下位版の名には具象性がないが、先程の客星のスペルカードとの関連でいうならば、下位版は諏訪神社の伝承を基にしていると考えられる。

とすれば、諏訪神社に纏わる海を割る伝承が基である可能性が高い。それは何か、といえば七不思議の一つである”御神渡(おみわた)り”であろう。

湊支所前から見た御神渡り
湊支所前から見た御神渡り

“御神渡り”とは、真冬の諏訪湖が厳寒により氷結した後、さらなる厳寒によって氷が収縮、やがて亀裂を生じてその下の水を湧出すると共にその水も凍り、一連の現象によって氷壁がせり上がり、湖を縦断するように立ち並ぶという現象である(厳密にいえば、この氷壁が湖を縦断する現象を受けて、諏訪神社摂社である八劔神社の神職が”拝観式”と呼ばれる儀式を行うことでこの現象が”御神渡り”であると認定される)。

ここで舞台となるのは諏訪”湖”であり、”海”ではない。

しかし、『古事記』では”須波之海”と記されており、湖が海と呼ばれていたことが窺える(現在においても、筆者は現地で湖を”うみ”と呼ぶ人を確認している)。

故に、御神渡りが起きる日=諏訪湖が割れる日は”海が割れる日”であると言って差し支えないだろう。

準備「神風を喚ぶ星の儀式」

準備「サモンタケミナカタ」

“準備”の名から窺えるように、次のスペルカード(神風)を発動する為の前動作に当たるスペルカード。

詳しくは次のスペルカードの項で述べるが、諏訪神社の祭神・建御名方神は神風を起こしたといわれる。

劇中では八坂 神奈子が建御名方神の役回りを演じており、劇中の設定で行けば、神奈子=建御名方神となる(詳しくは第6章)。

すると、神奈子が神風を起こしたことになり、神風を喚ぶということは神奈子の力を行使することになる。故に、”サモンタケミナカタ(Summon -/建御名方神の召喚)”で”八坂の神風”を起こすことができると考えられる。なお、神風を喚ぶ星とはスペルカード中に出現する五芒星のことと見てまず間違いないと思われる。

奇跡「神の風」

大奇跡「八坂の神風」

諏訪神社の縁起書として室町時代に諏訪円忠によって編纂された『諏訪大明神絵詞』上 には、以下のような説話が収められている。

弘安2(1279)年の夏の神事の際、巨大な竜が雲に乗って西に向かう様子が見えた。

参拝者は目の届く限りでその姿を追ったが、雲間からは竜の腹のみしか見えず、その頭も尾も見ることができなかったという。

人々は何事かと心配した。

するとこの2年後、弘安4年に蒙古襲来があった。

しかし、その際に激しい暴風雨が発生し、蒙古の軍船は全て破壊された。

このように、諏訪明神は日本の国を守っているのである。

諏訪明神とは建御名方神のことである。これより、建御名方神が日本を守る風、即ち神風を吹かせたと伝えられていることが判る。

蒙古襲来とは、中国の王朝・元のフビライ・ハンによる日本遠征であり、歴史では元寇とも称する。

元国の襲来は、文永11(1274)年と弘安4(1281)年の二度に渡ったが、いずれも日本の激しい抵抗や、暴風雨という自然現象により失敗に終わった。

また、この二度の襲来を「文永・弘安の役」と称することもある。先の『諏訪大明神絵詞』に記された内容は、この二度の元寇のうち、後者の弘安の役で元の軍船を襲った暴風雨について述べている。

この暴風雨とは台風のことであったという説がある。それを踏まえた上で弾幕を見てみると、その弾は東風谷 早苗を中心とする部分を目とする台風の衛星写真の様子と見ることができる。

蒙古の軍船を壊滅させた台風、それは日本にとってまさに奇跡であったのだろう。

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