蝶符「鳳蝶紋の死槍」について

※ この文は10/1/20付けで「東方備望録」様に差し上げた自コメントを基にしております。

“鳳蝶”はアゲハチョウの表記の一つである。従って鳳蝶紋とは揚羽蝶の文様を指すと思われる。より一般的に蝶紋(蝶の文様)について見るならば、上代には既に正倉院御物の遊猟の絵文様や、法隆寺所蔵の屏風裏文様(こちらは群蝶)に描かれているという(『日本家紋大鑑』)。

蝶は古代中国において吉祥と考えられていた。

一方で、蝶は生きている人間の魂、あるいは死者の霊魂の象徴ともされた。『荘子』(内篇、斉物論)にある「荘周夢に胡蝶と為る」の故事はこの例として有名である。日本でも蝶は人間の霊魂の象徴とされた。また中世においては、群集して飛来する蝶は凶事・災害の兆しとして見られていたという(『動物信仰事典』、『怪談 ―不思議なものの物語と研究―』)。

死者の霊魂が集う冥界、その中の白玉楼に住む西行寺 幽々子が放つ蝶弾は、上のことから人間の魂、特に死者の霊魂の象徴であろうと考えられる。加えて、弾幕という形で数多と群がる蝶は、凶事の兆しとしてより強く”死”を連想させる要素になっていると見ることもできる。

“蝶符”、”鳳蝶紋”と名付けられた本スペルカードも、このイメージの延長線上にあるものといえよう。だからこそ、群がる蝶を放つ槍(を模したレーザー)を”死槍”と呼ばしめているとも考えられる。

しかし、本スペルカードの名称は”鳳蝶紋”である。つまり、蝶そのものではなく、蝶の文様が主体となっている。

ここにはどういった意味があるのであろうか。本文は、その点について私見を述べたい。

冒頭部で述べたように、日本における蝶紋は既に上代に見られた。それが平安時代から鎌倉時代にかけて蝶紋の使用が散見されるようになる。そして後世には桓武平氏の代表紋とされるようになる。

順に見ていくと、まず『餝抄』の加茂祭使者の項に「治承二四廿一春宮使権佐維盛朝臣車透蝶円」、即ち治承年間(1177~1181)頃、平維盛の車に透蝶円の文様が使われていたことが窺える。また、『大要抄』にも「蝶円六波羅党」とあるという(『日本家紋大鑑』、『日本家紋総鑑』)[1]

これが平氏の滅亡後には、生き残った平頼盛が蝶円を使い続けた。やがて家紋の使用が盛んになると蝶紋を家紋として使い始め、後裔もこれに倣った。そうして、蝶紋は桓武平氏の代表紋とされるようになったのだという(『日本家紋総鑑』)。これらの事項より、蝶紋から平氏を連想することができる。

ところで、幽々子のモチーフは西行法師(の娘)である[2]。江戸時代後期の読本作家・上田 秋成著の『雨月物語』(「白峯」)には、本スペルカードを考える上で西行法師と平氏について興味深い繋がりを見ることができる[3]

『雨月物語』物語中では、西行法師は崇徳院の怨霊と邂逅し、崇徳院の怨霊から自らが天下の大乱を引き起こしたこと、また平氏はやがて滅亡するだろうという予言を聞くことになる。そして、物語の最後は源平の戦乱や平氏の滅亡が全て崇徳院の怨霊の予言通りであった、と結ばれている。

“鳳蝶紋”は平氏を暗示すると仮定した上で、『雨月物語』の内容を加味する。すると本スペルカードは、死者の霊魂の象徴である蝶をモチーフにしたスペルカード、という枠には留まらない意味を含んでいるのではないかと考えられる。

つまり、”鳳蝶紋の死槍”とは、平氏の死相・平氏の滅亡を予感させる相、と解せるのではないだろうか。

なお、”死槍”は”死相[4]“のシャレとするならば、 辞書に載っていない”死槍”の語も多少は解せると思われる。あるいは、槍は武器として戦乱を象徴させるものであったのかもしれない。

また、『東方緋想天 ~ Scarlet Weather Rhapsody.』 及び『東方非想天則 ~ 超弩級ギニョルの謎を追え』では、 蝶符「鳳蝶紋の死槍」は幽々子の背後に展開された扇の左右から4回、槍を模したレーザーが発射される。

この4回という回数から、”死槍”は”死相”の他に、 “四相(「生・老・病・死の総称、 万物の変化を示す四つの相。生相・住相・異相・滅相。これによって生滅・無常の姿を表示する、衆生がみだりに信じ執着する四つの相。我相・人相・衆生相・寿相。」(『広辞苑 第6版』[5]))”の意味も暗喩していることも考えられなくはないだろうか。

  1. ただし、当時は源頼朝の鎧の金物にも蝶円が使われており、平氏固有の文様ではなかったらしい。
  2. 西行寺の姓、『東方妖々夢』劇中に引用される和歌や桜との関連など
  3. なお『東方儚月抄 ~ Silent Sinner in Blue.』においては、 能『雨月』(西行法師が登場)が題(「旧友の雨月」)として用いられており、多少の関連が認められる。
  4. 辞書的には「死者の顔つき」あるいは「死に近付いた顔つき」といった意であるが、ここでは上のように「死を予感させる相(様子)」というニュアンスで解したい。
  5. ここでは特に2番目の意か。

― 出典 ―

  • 『東方文花帖 ~ Shoot the Bullet.』 上海アリス幻樂団 2005
  • 『東方妖々夢 ~ Perfect Cherry Blossom.』 上海アリス幻樂団 2003

― 参考文献 ―

  • 『怪談 ―不思議なものの物語と研究―』 ラフカディ・ハーン著 平井 呈一訳 株式会社岩波書店 1975(岩波版ほるぷ図書館文庫第1刷)
  • 『動物信仰事典』 芦田 正次郎著 株式会社北辰堂 H.11
  • 『上田秋成集 日本古典文学大系56』 中村 幸彦校注 株式会社岩波書店 1959
  • 『真説 雨月物語』 咲村 観著 読売新聞社 S.62
  • 『日本家紋大鑑』 能坂 利雄編著 新人物往来社 S.54
  • 『日本家紋総鑑』 千鹿野 茂著 株式会社角川書店 H.5
  • 『姓氏・地名・家紋総合事典』 丹羽 基二著 株式会社新人物往来社 S.63
  • 『中国故事たとえ辞典』 細田 三喜夫編 株式会社東京堂出版 S.58第10版
  • 『日本と世界の「幽霊・妖怪」がよくわかる本』 多田 克己監修 PHP研究所 2007
  • 『広辞苑 第六版』 新村 出著 岩波書店 2008
  • 『全訳 漢辞林』 戸川 芳郎監修 佐藤 進・濱口 富士雄編 株式会社三省堂 2002

この記事を書いた人

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東方Project から神社と妖怪方面を渡り歩くようになって早幾年。元ネタを調べたり考察したり巡礼・探訪したりしています。たまに他の事物も調べたりします。
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