火焔猫 燐・補記 ― 昔時の針の山.二 ―

前回では、お燐のスペルカード贖罪「旧地獄の針山」、贖罪「昔時の針と痛がる怨霊」について、不完全ながら言及を行った。

その中で詳細不明としていた鋒刃増(ふじんぞう)について今回新たな情報を得たので、再考・追記してみたい。

そこで注目する『往生要集』では、まず『瑜伽論』や『智度論』を引いて針の山に類似する記述として等活地獄の別処の二つ目”刀輪処”
を挙げている。

そこは周りを高い鉄の壁で囲まれ、その中には猛火が燃え盛っているという。また、その火は人間の火とは比べ物にならないほど熱く、熱鉄が雨のように降り注ぐという。

そして、これに続けてその様子を

また刀林あり。その刃、極めて利し。また両刃ありて、

雨の如くして下る。衆苦こもごもに至りて堪え忍ぶべからず。

と記している。

次に針の山らしい記述が見えるのは、素合地獄にある刀葉林である。

『往生要集』では刃のように鋭い葉を持つ木の上に美女がおり、罪人がそこを目指して登ろうとすると刃は悉く下を向き、身を切り裂かれ貫かれ、漸くの思いで頂上に登ったと思うと今度は美女は木の下におり、罪人は下へ降りなければならない。

しかし刃は上を向き、やはり罪人を傷付けるという、前回述べた刀葉林と似たような様子が描かれている。

そうして地獄の様子を、八熱地獄の最下層・阿鼻地獄まで述べた後、八熱地獄の別処について『瑜伽論』(第四)を引いて詳細に述べている。

ここで別処(『倶舎論』などでは”増”という)は地獄の四方の門の外に四つずつ、計十六あるといい、その第一にトウ煨(”トウ”は”ひへん”に”唐”、”エ”は”ひへん”に”畏”で、共に埋め火のこと)。

第二に死屍糞泥を挙げている。

そして、第三番目に

死屍糞泥より間なくして、利き刀剣の刃を仰けて路となすなり

と述べている。

さらに続けて、

刀剣の刃の路より間なくして刃の葉の林あり

 

刃の葉の林より間なくして鉄設柆末梨(てつしゅうまり(設柆末梨は、梵語で葉に棘のある木のことだという))の林あり

と記している。

加えて、第四に沸騰した灰水の河がある、と別処の説明を一通り終えた後に

もしは刀剣・刃路、もしは刃葉の林、もしは鉄設柆末梨の林、

これを總すべて一とす。故に四の園あるなり

としている。つまり、先述の刀剣を仰けに置いた路と刃の葉の林、鉄設柆末梨の林の三つは一つの場所に収まるということである。

ここで、その三つの場所について各々詳しく見てみる。

最初の刀剣の刃の路では、罪人が足を踏み込むとその皮や肉が壊やぶれるといったことが起きるという。次に、刃の葉の林では、その陰を罪人が利用しようとすると微風によって刃の葉が落ちてきてその身を穿ち切り裂くという。

加えて、黒の斑という犬が追ってきて罪人に噛み付き喰らうという。

最後に鉄設柆末梨の林では、罪人がこれを登ろうとするとその棘は下を向き、逆に降りようとすると棘は上を向いて罪人の身を貫く。

さらに、そこでは鉄の嘴ある大いなる烏が来て、罪人の眼精を啄み喰らうというような描写がなされている。

ところで、これらを『倶舎論』では各々刀刃路、剣葉林、鉄刺林とし、『瑜伽論』と同様にこれらを纏めて、鋒刃増としているようである。

※余談だが、『倶舎論』では、第一から第四までの増の名をそれぞれトウ煨増、屍糞増、鋒刃増、烈火増としている。

ここで、前回では『佛教語大辞典』を引き、剣葉林を刀葉林の別処として扱った。

しかし先述のように、『往生要集』では刀葉林と刃の葉の林(『倶舎論』でいうところの剣葉林)を別個に扱っていることが判る。

前回では『佛教語大辞典』にある刀葉林は「『倶舎論』にいう「剣葉林」に同じ」という記述に拠ったものであるが、同書にて剣葉林と同一とされる剣樹地獄の説明では、十六地獄の一つ、大風が吹いて刃の葉が落ち罪人を切り裂く、といった旨の記述があることから、概して『往生要集』にある刃の葉の林に類するものとして述べているようである。

その一方で、『往生要集』で述べられている刀葉林の、罪人の進行方向に応じて棘の向きが変わるという点はここでの鉄設柆末梨の林の描写と酷似している。

刀葉林と剣葉林の名前の類似、鉄設柆末梨の林との描写の類似、また剣葉林と鉄設柆末梨の林が同じ別処に含められることなどから同一視されたのであろうか。

その点については不明だが、前回での筆者の調査不足に対してここでお詫びと補記(訂正)をさせて頂きたい。

さて、一通り述べたところで、これまでの事項を顧みようと思う。

すると、いわゆる針の山とされた”刀山剣樹”のうちの剣樹(剣樹地獄)に関しては『瑜伽論』の述べる八熱地獄の別処の一つであり、『倶舎論』のいうところの”鋒刃増”に含まれるものであるらしい、ということが判った。

一方の”刀山”に関しては確定的なものは見当たらなかったが、或いは刀剣を仰けに置いた路(刀刃路)が近いかもしれない。もしそうであるのならば、針の山の原像は『倶舎論』のいう”鋒刃増”(『往生要集』などのいう刀剣を仰けに置いた路、刃の葉の林、鉄設柆末梨の林)にあったのかもしれない。

― 出典 ―

  • 『東方地霊殿 ~ Subterranean Animism.』 上海アリス幻樂団 2008

― 参考文献 ―

  • 『往生要集 上』 石田 瑞麿訳注者 株式会社岩波書店 1992
  • 『往生要集』 中村 元著 株式会社岩波書店 1983
  • 『佛教語大辞典 上巻』 中村 元著 東京書籍株式会社 S.50
  • 『佛教語大辞典 下巻』 中村 元著 東京書籍株式会社 S.50
  • 『佛教大語辭彙 第五版』 龍谷大学(花田 凌雲代表) 合資会社冨山房出版 S.53

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