火焔猫 燐・補考 ― 昔時の針の山 ―

Stage 5ボスとして登場したお燐こと火焔猫 燐。

その彼女が三番目に行使したスペルカードは、贖罪「旧地獄の針山」であった。

難易度がHard以上になると、その名は贖罪「昔時の針と痛がる怨霊」と変化する。

今回は特にこの二つのスペルカードに焦点を当てたいと思う。

まず、そのスペルカードに名付けられた語「贖罪」とは、罪を償うことを意味する。

お燐が登場した場所であり、今作の舞台の中核でもある場所は旧地獄と呼ばれていた。

仏教の地獄は、魂が輪廻転生を繰り返す六道のうちの一つで、特に三悪道の一に数えられる。

一般には生前に重ねた悪業の報いとして責め苦を受ける場所とされている。

生前の罪の報いを受ける世界、地獄。その役割には、どこか先述の「贖罪」の語と通ずるものがあるようにも思われる。

ところで、地獄と一口にいってもその様子は様々である。中でも、血の池地獄や針の山地獄は特にイメージが湧きやすく、広く定着したものと考えられる。

スペルカードの中に見える「針山」、ないし「針」とは、この針の山地獄を指しているのであろう。

※そうであれば、先述した「贖罪」と地獄の通底から、地獄にいる霊が痛みを感じることはある種必然とも考えられる。
すると、「針(の山)」と「痛がる怨霊」が繋がるようにも思われるが…)

なお、『広辞苑 第六版』に拠れば針の山は「針を一杯に立て並べた山」であると説明されている。

さて、この針の山の名前は近代の物語にも用いられ、芥川龍之介著の『蜘蛛の糸』にもその記述が見えている。

また、上代落語の一つ『地獄八景亡者戯(じごくはっけいもうじゃのたわむれ)』という、主人公らが地獄を遍歴する物語の中でもこの針の山地獄の描写があるらしい。

『地獄八景亡者戯』は、その内容全てを行うと一時間以上にも及ぶという壮大な物語であるが、近年これを簡略、絵本化したものに『じごくのそうべえ』がある。

それに拠れば、主人公で軽業師のそうべえは綱渡りの途中誤って転落し死亡してしまう。

死後の暗い道では、医者・歯医者・山伏の三人に出会い共に閻魔王の裁きを受けるも、四人とも地獄に落とされてしまう。

そこで種々の責め苦を受けるはずであったのだが、食人鬼に食べられそうになれば歯医者が歯を抜いて丸呑みにさせ、鬼の体内では医者の指示で体内で暴れ、四人を吐き出させる。

続いて熱湯の釜に入れられそうになるも、山伏の呪文で湯の温度を下げて風呂代わりにしてしまう、といった具合に次々と切り抜けてゆく。

最後に四人は針の山に送られるが、軽業師であるそうべえが自慢の硬い足の裏を以って針の山を登ってゆき、他の三人を頂上まで運んでしまい、やはり効き目がなかった。

挙句困り果てた閻魔王によって現世に送り返されてしまう、という物語である。

なお、こうして行われた地獄の遍歴の中では、閻魔王の殿に向かう途中に鬼の引く炎に包まれた車、即ち火車も登場している。

このように地獄の一つとして顕著な針の山であるが、ここで一つの疑念が生じる。

その具体的なイメージの源泉は一体何なのか、と。

そこでまず、仏教に関する語句が集められた辞書から探ってみたい。

地獄の中でも特に有名なものとして、八熱地獄(八大地獄)がある。それは一般に

  • 等活
  • 黒縄
  • 衆合(しゅごう)
  • 叫喚
  • 大叫喚
  • 焦熱
  • 大焦熱
  • 阿鼻あび(無間(むけん))

の八つとされ、主に火や熱による責め苦が用いられるという。余談ではあるが、お燐が出現した場所は灼熱地獄跡で、八熱地獄と同様に火と熱による責め苦が用いられたと考えられ、その点では共通項が見える。

なお、地獄の場所やその階層、また八熱地獄に付随する十六の眷属地獄(小地獄)についても諸説あり、『長阿含経』や『大毘婆沙論』といった書物でも異同が見られ一定しない。

そのような中でも、直接”針の山”と記された場所は見当たらない。

では、針の山は一体どこにあるのであろうか。

そこで、今度はイメージの近いものを追ってゆくことにする。

まず『大毘婆沙論』巻七百十二には、先の八熱地獄の様子が記されている。それに拠れば、八熱地獄は各々四つの門があり、その門外には四種の副地獄(増地獄、別処とも)が各々にあるという(つまり、計十六の副地獄があるということになる)。

その四種とは、

  • トウ煨(トウは”ひへん”に”唐”、エは”ひへん”に”畏”)
  • 屍糞
  • 鋒刃(ふじん(ほうじん))
  • 烈火

である。ここで鋒刃(鋒刃増ともいう)に着目すると、そこは名の如く剣の刃が林立しているという。

その様子は針の山を彷彿とさせる。しかし、これ以上の詳細な記述は乏しく、果たして針の山のイメージの原型となったかどうかは不明といわざるを得ない。

次に八熱地獄の三番目、衆合地獄にあるという”刀葉林(とうようりん(剣葉林、刀葉林地獄とも))”に着目したい。

これも字の如く、木の葉が刀の刃でできている木の林であるという。

『佛教語大辞典 上』(東京書籍株式会社出版)に拠れば、その葉は微風によって落下し、その下に休む者の体を切るといい、邪淫の罪を犯した者が堕ちるという。

また、『佛教大語辭彙 第五版』(合資会社冨山房出版)などにはその様子がさらに詳述されている。

それに拠れば、地上から木の上を見るとそこには美女がいるという。

罪人は木を登ろうとするが、木の葉が身を切り裂くという。

やがて漸くの思いで木の上に辿り着くものの、先程の美女は今度は地上におり、再び木を降りることになるという。そして木を降りれば美女は再び木の上にいる…と、これを繰り返すそうである。

この刀葉林も針の山のイメージに近いものがあるが、明らかにそう記されている形跡は見当たらなかった。

ここで今一度、『佛教語大辞典』に戻ってみる。すると、このような旨の記述が見付かった。

刀山火樹 … 刀山剣樹ともいう。いわゆる針の山。

そこには、”針の山”という語がしっかりと記されていたのであった。

そこで、今度はこの刀山火樹(刀山剣樹)に注目することとする。

そうすると、この語はかなり広く用いられていたらしく、中国の『宋史』(劉鋹伝)にも、”刀山剣樹”は残酷な刑罰の例えとして用いられていたことが判った。

さて、刀山火樹とは何かというと、これも今までの語句と同様に読んで字の如く、刀山は刀剣の刃を上向きに密集して尽き立てた山、火樹は炎が燃え盛る木のことであるという。

この語は『今昔物語集』(国王、為求法以針被螫身語第十)の

(前略)…

銅燃燼火ニ身ヲ焼カレ、刀山火樹ニ身ヲ交ヘム時ノ痛サハ、

…(後略)

という文の中に見ることができる。そして、岩波書店出版の『今昔物語集一 日本古典文学大系22』には、同語は刀山剣樹、いわゆる針の山だという旨の校註が付してある。

では、刀山剣樹の語はというと、剣樹は剣を林のように逆さまに立て並べたものであるといい、剣樹地獄として十六小地獄の一とする説もあるようだ。

物語の中では、『三国伝記』(釈尊昔シ大王為リシ時法ヲ求事)に

(前略)…

炯燃猛火ニ身ヲ焼キ、刀山劔樹ニ形ヲ壊ル、

…(後略)

という文を窺うことができる。加えて、三弥井書店出版の『三国伝記(上)』、池上 洵一氏の校註に拠ればやはり刀山剣樹は地獄の針の山だと記されている(なお、物語自体は先述の『今昔物語集』に記された物語と酷似している)。

また、『百座法談』― 天仁二(改年して天永元年、一一一〇)年三月二十八日より百日間、続いて二百日間の計三百日の間に、毎日法華経を一品、阿弥陀経をそれぞれ一巻ずつ講じた時の説教の聞書とされる ―の現存部を翻刻した『百座法談聞書抄』(南雲堂桜楓社出版)の閏七月八日の条にも

(前略)…

まして、刀山剣樹の山に身をつらぬかれ、

銅柱・鉄裾のこがれたるにはだへをもやさむ事は

…(後略)

という文の中に”刀山剣樹”の語を見ることができる。


以上見てきた点から察するに、地獄の一つである”刀山剣樹(刀山火樹)”が最も針の山のイメージに近いと考えられる(ただし、いずれの物語の中でも本文中で明記はされておらず、校註に旨が記されているという点で幾分かの猜疑が残ってしまうが)。

その場所については不明だが、剣樹(剣樹地獄)が十六の小地獄のうちの一つとされているようであることは判った。

ただし、小地獄については諸説あり一定ではないので、これ以上の詮索は難しいと思われる。

しかしながら、地獄の中に針の山があるとされるのは間違いないようなので、それは述べておく。

さて、最後にこのような地獄の風景を現世の中に求め、それに準えて名付けられた土地の一例を紹介したいと思う。

その例とは、立山である。立山は富山県南東部に位置し、連峰のうち一般に立山本峰とされるのは雄山・大汝(おおなんじ)山・富士の折立の三峰である。

古来より神の住まう山として神聖視され、日本の三大霊山の一に数えられてきた。

やがては越中の鎮めの山として仰がれ、剣岳と共に修験者の修行場ともなった。

その立山信仰の中では、「立山曼荼羅(まんだら)」と呼ばれる独特の曼荼羅も描かれたという。

そのような中で、立山地獄谷として立山周辺の地形や風景が地獄に準えられるようになったらしい。

中でも、先述した剣岳はその名に表されるような峻厳さから地獄の針の山に見立てられ、恐れられたという。これもまた、針の山が地獄のイメージとして広く受け入れられていたことの表れといえるのではないだろうか。

― 出典 ―

  • 『東方地霊殿 ~ Subterranean Animism.』 上海アリス幻樂団 2008

― 参考文献 ―

  • 『学研 現代新国語辞典 改訂新版』 金田一 春彦著 株式会社学習研究社 1997
  • 『広辞苑 第六版』 新村 出著 岩波書店 2008
  • 『じごくのそうべえ 童心社の絵本』 田島 征彦作 株式会社童心社 1978
  • 『新解明四字熟語辞典』 三省堂編修所編 株式会社三省堂 1998
  • 『佛教語大辞典 上巻』 中村 元著 東京書籍株式会社 S.50
  • 『佛教語大辞典 下巻』 中村 元著 東京書籍株式会社 S.50
  • 『佛教大語辭彙 第五版』 龍谷大学(花田 凌雲代表) 合資会社冨山房出版 S.53
  • 『例文 仏教語大辞典』 石田 瑞磨著 小学館 1997
  • 『岩波 仏教辞典 第二版』 中本 元/福永 光司ら編 株式会社岩波書店 2002
  • 『今昔物語集一 日本古典文学大系22』 山田 考雄/山田 忠雄/山田 秀雄/山田 俊雄校註 株式会社岩波書店 S.34
  • 『今昔物語集一 新日本古典文学大系33』 今野 遠校註 株式会社岩波書店 1999
  • 『三国伝記(上) 中世の文学 第一期第六四配本』 池上 洵一校註 株式会社三弥井書店 S.51
  • 『百座法談聞書抄』 佐藤 亮雄編 南雲桜楓社 S.38
  • 『角川日本地名大辞典 16 富山県』 「角川日本地名大辞典」編纂委員会・竹内 理三編者 株式会社 角川書店 S.54
  • 『日本地名大辞典 ランドジャポニカ』秋庭 隆編集著作出版 小学館 1996

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