八坂 神奈子雑考 ― 菊、月について ―

八坂 神奈子が『東方風神録 ~ Mountain of Faith.』本編中において背負う菊花や草の文様が描かれた後光。

時として赤青緑の光の三原色に分かれて螺旋状に回転するそれは、静止状態では白い光を放ち静かに脈動している。

一見すればそれは満月とも見て取れる。一方で神奈子との弾幕戦の最中、満月は夜の空に浮かび湖面にその姿を映している。

また、神奈子のスペルカード行使中の背景にも、諏訪大社下社秋宮の神楽殿の背後に無数の星々と共にその姿を覗かせている。

なお神奈子との弾幕戦に限らなければ、満月はプレイヤー選択時の霊夢と魔理沙の背後にも それと思しきものを見ることができる。

今回は、これらの意匠について一考したいと思う。

まず月、特に満月といえば”中秋の名月”と言わしめるように、それは秋の代表的な風物詩であるということができる。

菊花もまた秋のイメージを持っており、劇中のほぼどの場面においても画面内を舞う紅葉も、秋という季節を印象付けているように思える。紅葉といえば、神奈子が力を溜める際にも、色は白いものの紅葉の葉が神奈子に向かって収束している。

加えて、神奈子のスペルカード発動中の背景下部にも紅葉 (あるいは諏訪大社の神紋である梶)と流水が描かれていることも注目に値すると思われる。

満月や菊花、紅葉。これらによって秋という季節はより鮮烈に印象付けられている。

その秋は、二百十日(立春から数えて二百十日目の日)前後は台風がよく襲来するといわれるように風と深く関連する季節であるということができる。風神は一般的に大風を吹かせて農作物を荒らしたりするように恐れられる存在ともされた(神奈子の神格と上記の神格は必ずしも一致しないが)。

このように、秋を台風、ひいては風と関連付けることができるのでれば神奈子が菊花などの文様を描いた、満月のような後光を背負ったことも想像が付くのではないだろうか。

風神という自身の神格の象徴として秋を象徴するものを纏ったのだ、と。


一方、月と菊という二点に着目すると別の事も見えてくるかもしれない。

古来より月は満ち欠けするその繰り返しの様子から、永遠の象徴とされた。

この繰り返しや永遠といった概念は、神奈子が自らのシンボルとしている蛇、その脱皮の様子から再生や永遠といったことを象徴していることに結び付かないだろうか。

ところで、菊は古代中国より日本に渡ってきた植物とされるが、同じく中国から伝わってきた行事として九月九日の重陽の節供がある。

この重陽の節供は別名菊花の節供とも呼ばれたという。平安時代の宮中で行われた重陽の節供の節会では、杯に菊を浮かべた菊酒を飲んで延命長寿を祈願したという。

菊と不老長寿に関わる伝説には、慈童の話が著名と思われる。

『公事根源』に拠れば、周の穆王の頃、慈童が山中に入って菊の咲く幽谷で仙術の修行を重ね、術の完成を以て彭祖と名を改めた、この彭祖を祀る習俗が日本に伝わったという。

あるいは伝説として、慈童が仙術の修行の最中、喉の渇きから谷水を掬って飲むとその水は甘露のようであったという。そこで不思議に思って眺め回すと玉のような菊の下露がその谷水に滴っていた。

甘露のような味はそのせいで、以来慈童は仙人となって彭祖と改名した後も菊酒を嗜んで非常な長命を保ったという伝説がある。

神奈子は風神録のストーリーに至る前、外の世界で信仰を失い危機的な状態にあった。その状況を打開すべく、幻想郷に神社ごと移動するという荒業をやってのけた。

そこには、「現在残された信仰が全て失われ一時的に力を失う」(キャラ設定.txt)というリスクを伴っていたいたことも、周知の通りであろう。そして、神奈子は見事復活を遂げた。

この件には、神奈子の生への執着を窺うことができる。

そこでこの一連の経緯に着目したい。
特に神として生き延びるべく幻想郷に移動したことは、月の永遠性や菊の延命長寿の概念と結び付かないだろうか。

また、信仰を一時的に失うがその後復活を果たした様子は、月の満ち欠けの様子に重ねることができないだろうか。

そのように考えるのであれば、神奈子が背負うあの後光は神奈子の生への願いとその成就が表されていたのかもしれない。

また、菊の花は隠遁を象徴するという話もある。神奈子が幻想郷に移動したことを隠遁と言うのであれば、これもまた神奈子の経緯、バックストーリーをよく表しているといえるのではないだろうか。


なお、菊についてはもう一つ述べさせて頂きたい。

菊花を背景に用いているのは神奈子だけではない。

東風谷 早苗も、スペルカード行使中の背景に 流水と共に菊花の文様が描かれている。

東風谷 早苗自身は神奈子と共に幻想郷に来たこと、あるいはそのモチーフになった神職、風祝や神長官はいずれも職としては現代には残されていない。

また一方で、神長官を継いで来た守矢家は現在も78代目まで連綿とその血を受け継いでいる。これらの点から、隠遁や長寿の概念を結び付けることができるかもしれない。


さらに背景繋がりで一つ。

神奈子のスペルカード行使中の背景で、七色に変化しつつ下から上にスクロールしている文様は「蜀江錦」と呼ばれるような文様であるが、蜀江は蜀の首都・成都の付近を流れる河で揚子江の上流の一部であるようだ。

その水は清く、その地方では良質の絹を産出したといい、これらのことから蜀で作られた錦を蜀江錦といったが、後、宋の時代以降になると文様が固定化されたという。

その文様は東風谷 早苗やエキストラステージで用いられる七宝破れの文様から比べれば複雑なものであり、一種の対比で用いられたものであろうか。

あるいは、蜀江の水は清いということから、清流を連想して水神としての神格の片鱗をしのばせたのかもしれない(流水については先述のようにスペルカード行使中の背景下部に見ることができる)。

以上、長くなってしまったが八坂 神奈子と菊、月についてと題して 神奈子のスペルカード行使中の背景や東風谷 早苗のスペルカード行使中の背景にまで及んだ今回の雑考を終えたいと思う。

― 出典 ―

  • 『東方風神録 ~Mountain of Faith.』 上海アリス幻樂団製作 2007
  • ※キャラ設定.txt など

― 参考文献 ―

  • 『文様の事典』 岡登 貞治著 東京堂出版 S.43
  • 『日本文様図鑑』 岡登 貞治著 東京堂出版 S.44
  • 『日本文様事典』 上條 耿之介著 雄山閣出版株式会社 S.56
  • 『新装新版 中国文化伝来事典』 寺尾 善雄著 株式会社河出新社 1999
  • 『中国神話伝説辞典』 袁珂著 ・鈴木 博訳 株式会社大修館 1999
  • 『十二支の動物たち』 五十嵐 謙吉著 (株)八坂書房 1998

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