1節 舞い踊る秋の神

先に述べた通り、秋は情景豊かである。

この風光明媚な紅葉を司る神が秋 静葉である。紅葉の闌けりは艶やかで美しい。その一方で、枯れ葉が舞い散った後の木々の姿は冬の訪れを告げ、人々に寂寥感をもたらす。

“静葉”の名や、その二つ名がこのような紅葉の景観を表していると考えるのは容易い。

“静”かという語の様子は、劇中の静葉の出現の登場に伴って曲調が一転することにも表れている。

そして、画面に颯爽と現れる静葉の容姿は、自身の”紅葉を司る程度の能力”を象徴しているといえるだろう。

紅葉をあしらった髪飾り、スカートの裾の形は紅葉の葉の形に合わせて波打ち、服装全体は紅葉をイメージした赤や黄といった色調に整えられている。

また、彼女が放つ弾幕も例外ではない。

例えば、難易度Normalで五方向に放たれる赤い弾幕は紅葉の葉を模しているように見えるし、難易度Hard以上では紅葉に関するスペルカード、葉符「狂いの落葉」を行使する。

葉符「狂いの落葉」での弾は、それ一つ一つが舞い落ちる葉を表している。

なお、弾の一つ一つが葉を模しているのは、早く『東方紅魔郷 ~the Embodiment of Scarlet Devil.』のステージ4ボス、パチュリー・ノーレッジの木符系統に見ることができる。

葉符「狂いの落葉」もこれに類し、何十何百という落ち葉が自機に降り注ぐ。

しかし、幾ら紅葉の秋とはいえ、これだけの数の葉が一斉に落ちることは稀有であろう。その様子は通常ではないことを表すには、”狂い”の語は相応しい。

では、そこに込められた意味とは一体、如何なるものであったのだろうか。

それを読み解く為、植物に関連して”狂い”と名付けられた現象について見てみたいと思う。

狂い咲き

それは、植物が本来の時季とは異なる時に花を咲かせる現象である。

劇中では、狂いの落葉が行使された季節は秋である為、時季の相違は見られない。

“狂い”が指している意味が、一方は量、もう一方は時季についての言及であり、その方向性が異なる為にその語が含んでいるニュアンスは異なっているからである。

しかしながら、そこに込められた意味には見るべきものがある。

現代より遥かに自然現象をつぶさに観察してきた古人は、通常ではない様子に深い感銘と驚きを受けた。そして、狂い咲きを何かの予兆、或いは神の意思の表れと解したのである。

これを通常ではない現象という意味で共通する、葉符「狂いの落葉」に当て嵌めてみよう。

すると、この現象は神の意思の表れであると解することができないだろうか?

彼女らは余り戦闘は得意ではないが、人間が秋を邪魔しに来たので、

警告もかねて少々懲らしめてやろうと思った。

「キャラ設定.txt」より

葉符「狂いの落葉」。数多降り注ぐ落ち葉の中で、我々は神の意思を垣間見たのである。

余談 ― 秋津に見る姉妹の意匠 ―

穂を傾けるススキを始めとする秋の草。その上に飛ぶ赤トンボ。これは、静葉・穣子両者のスペルカード行使中の背景に描かれた景色である。

特にトンボは、古には秋津や蜻蛉とも称され、秋の風物の最たるものであった。

『日本書紀』では、神武天皇が山上より国土を見て「蜻蛉之臀咕」と国誉めをしたという記述があるように、トンボが人々の目にふれ、観察されてきた歴史は長い。

その華麗に宙を舞う様子のみならず、幼虫は水中におり、さなぎを通して成虫に変身する様子に古人は驚嘆し、そこにこの世のものならぬ力を感じたのであろうか。

蜻蛉という綴りは”せいれい”という音でも読むことができる為、精霊に通じて霊的な力を持つと考えられた。

特に、さなぎを経て変身する様子からトンボは”再生”の呪力を持つと信じられた。

先の神武天皇の言葉の意味は詳しく言及されておらず、現在となっては幾つかの資料から推測することしかできない。

しかし、もしかしたら神武天皇はトンボが霊的な力を持つ事を汲み取って、国土を称えたのかもしれない。

秋の風物、トンボ。

それは姉妹が秋を司ることを示唆するばかりでなく、霊的な力を以って、この後に続々と登場する神々の霊性を高める演出だったのではないだろうか。

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