東風谷 早苗補考 ―星蓮船での装備について―

『東方星蓮船 ~ Undefined Fantastic Object.』にて、見事自機の一人となった東風谷 早苗。

その一報が公に報じられてから大分時が経ってしまったが、今回はこの『星蓮船』にて行使される東風谷 早苗のショットとボムについて一考してみたいと思う。

なお、『星蓮船』にて東風谷 早苗が行使する装備、即ちショットやボムは以下の通りである。

神奈子様の仰るとおりに

  • ショット: スカイサーペント
  • ボム: 蛇符「神代大蛇」

諏訪子様の仰るとおりに

  • ショット: コバルトスプレッド
  • ボム: 蛙符「手管の蝦蟇」

早速これらの装備について見てみようと思うが、この各々について見る前に幾つか述べておきたいと思う。

まず一つ目は、東風谷 早苗の装備の性格である。

洩矢 諏訪子は既に周知の通り、蛙の姿をした神様である。それは『東方風神録 ~ Mountain of Faith.』における諏訪子の衣装、スペルカード、演出等の端々から容易に窺い知ることができよう。

一方の八坂 神奈子はこの蛙の神様に対抗する為に注連縄に代表されるように蛇を自らのシンボルとしている。このことは、『星蓮船』における東風谷 早苗の装備にも反映されているといって差し支えないであろう。

即ち、諏訪子側の装備では蛙や蝦蟇、神奈子側の装備ではサーペント(Serpent/蛇、大蛇)蛇、大蛇といった単語をその名称に見ることができる。

そして、このことから両装備が各々、東風谷 早苗の仕える二柱の神の力に由来するものであるともいえると思われる。

さらに言えば、それはパスウェイジョンニードルやホーミングアミュレットといったいつもの装備(おそらくは自分自身の力)で戦う霊夢とは対照的であるともいえるのではないだろうか。

さてもう一点、東風谷 早苗の両装備を比較して述べてみたい。

それは、両装備におけるオプションの配置である。例えば、諏訪子側の装備のオプションは、高速移動、低速移動の両方、或いはいずれのパワー段階においても東風谷 早苗の後ろ側にそのオプションが配置される。一方の神奈子側のオプションは、諏訪子側とは対照的に前方に配置される。

これらの事象は、守矢神社における両神の立ち回りをそのまま反映しているのではないか。


それでは、本題である両装備の各々について見て行きたい。

スカイサーペント(Sky Serpent/空そらの大蛇、大空の蛇)

上には直訳の一例も併記したが、スカイサーペントとはアメリカのテキサス州、カンザス州で目撃されたUMA(Unidentified Mysterious Animals/未確認動物)の一種のことである。

一八七三年にテキサス州ボナムの農夫が目撃したり、地元の新聞(エンタープライズ)が取り上げたりしたことで有名。

外見はシーサーペント(Sea Serpent:海に棲む非常に大きな蛇で、やはりUMAの一種とされる)に似た大蛇の姿で、空を飛翔するという。

確かに、同ショットではオプションから半透明で蛇の形をした弾が発射されており、舞台が空中であることも考えればその姿はまさに空飛ぶ蛇といえるであろう。

加えて、空という単語は「乾を創造する程度の能力」を持つ、天候を操る風神である神奈子と密接な関わりがあるといえよう。

これらの点より、ショットの名称と神奈子との接点を捉えることができる。

ところで全くの蛇足ではあるが、日本には”天蛇”という妖怪がいるようだ。

ここではスカイ→天、サーペント→蛇と訳すとスカイサーペント→天蛇、となることから一応述べておきたいと思う。

この天蛇は『本草綱目』に記述があり、人の踏み込まないような深山におり、長雨の後などに現れやすい。

また、出現時には空から降ってくると考えられたようである。その外見は全長一メートル以上、形は扁平で体に節があり、赤黄といった色をしているという。

また、酸を注ぐと消え、石灰を振り掛けると皮膚が固まって死んでしまう、といった変わった特徴を持っている。

この天蛇について『和漢三才図会』では蛇の仲間ではなく、蛭の類であるとしている。

確かに、蛭の類とすれば先の変わった弱点も頷けるかもしれない。

このように、蛭の類と考えてしまうとますます本項とは接点がなくなってしまうが、天蛇という名から紹介させて貰った。

蛇符「神代大蛇」

神代には複数の読みがあり、それに応じて意味が変化する。

まず”かみよ”、或いは”じんだい”と読むと、この語は神武天皇以前の神々の時代を指す。次に”かみしろ”と読む場合は、柳田国男氏が『巫女考』や『片葉蘆考』といった論考において用いたもので、神が依り付く物体を指す。

この他、姓氏や地名で神代と記した場合、”こうじろ”、”くましろ”、”こうたい”、”たましろ”や先述の”かみよ”、”じんだい”、”かみしろ”などの読みが考えられる。

姓氏や地名での神代(字が異なる場合もあり)は石川県や千葉県など全国に多く見られ、神の所領や瑞祥の地名を意味する、或いは古代氏族の名であったりするというが、ここでは直接の関連はなさそうなので割愛する。

さて、それでは残ったもののうち、”かみよ”や”じんだい”、即ち神々の時代と解した場合は神代大蛇の語は神々の時代の巨大な蛇、と解することができると思われる。

神奈子は蛇を自らのシンボルとした神であることから、神代の大蛇即ち神奈子のことだと考えることができる。

では、”かみしろ”と解した場合はどうであろうか。

この場合、神代大蛇の語は神の依り付く大蛇、即ち神とみなされた大蛇と解することができようか。こちらの解釈でも、やはり蛇という点で神奈子との接点を見出すことができる。

ここで、神の依り付く大蛇という点についてさらに見てみたい。

守矢神社のモチーフとされる諏訪大社、その神様もその神体が蛇、ないし龍であると考えられてきた。

それは例えば『神道集』などに見られる甲賀三郎譚にもよく表れているが、より直接的には『諏訪大明神絵詞』の記述が挙げられよう。それは、弘安二(一二七九)年の夏の神事の際のことで、

大竜雲に乗じて西に向ふ

つまり大きな竜が雲に乗って西に向かっていった様子が記されている。この時、参詣者達は雲間からは竜の腹の色が見えただけで、その首尾を確認することができなかったという。

この逸話では、これは元寇(蒙古襲来)の二年前の出来事で、続きでは元寇の際の大暴風が諏訪大明神のお力と伝えるという。なお、『太平記』でも

諏訪の湖の上より五色の雲西に靆たなびき、大蛇の姿に見えたり

とあり、諏訪の神の神体が竜蛇と考えられていたことが判る。

ここで特に『諏訪大明神絵詞』での記述に注目したい。

何故ならば、スペルカード中の演出において、画面には雲間を駆け抜ける蛇腹模様こそみられるもののその首尾は確認できず、視界にある範囲では首尾が確認できないという点で先の逸話の様子と合致するからである。

加えて、この奇瑞譚は諏訪大明神と神風とを結び、『風神録』における東風谷 早苗のスペルカード、奇跡「神の風」や神奈子の風神という神格などの重要な要素に直結する逸話であり、出典が重なるという点では注視に値すると思われる。

また、この逸話がモチーフであるとするならば、空飛ぶ蛇(竜)というその様子においてショットとボムに共通項が見えることになる。


コバルトスプレッド(Cobalt Spread/コバルトの飛散、コバルト色の広まり)

コバルトは略号 Co、原子番号 27、原子量 58.9332、周期表第Ⅷ族(鉄族)に属する金属元素である。

単体では鉄に似た灰白色、ないし銀白色を呈し、強磁性を有する。古来より鉱物は陶磁器やガラスの着色材として用いられており、コバルトブルーなどの色彩は有名である。

また、合金としては他の金属との組み合わせによって多くの有用な性質が見られ、種々の合金が製造されている。しかしその一方でコバルト鉱物は砒ひコバルト鉱物や輝コバルト鉱物といった鉱物として産出される。

この鉱物の冶金が困難であることを、十六世紀頃のドイツでは地の精霊が鉱物に魔法を掛けている為などと考えていた。その精霊の名がコボルト(Kobold)であり、一七〇〇年代前半、スウェーデンのブラント(Georg=Brandt)によって単体のコバルトが発見されると、このコボルトの名からコバルトの名が命名されたという。

さて、この精霊コボルトには大きく分けて二つの性格がある。

一つは先述のように厄介なコバルト鉱物の元凶とされたものであり、もう一つは、家付きの精霊としての性格で、僅かな報酬と引き換えに家事をこなしてくれるというものであった。

諏訪子が「坤を創造する程度の能力」を有することから考えれば、コボルトの性格に地の精霊としての性格が見られることから大地という点で接点を見出すことができる。

加えて、神奈子側のショットの名称には天空を意味する語が含まれており、コボルトに大地の精霊としての性格を認めるのであれば各々のショットにそれぞれの能力に纏わる要素が埋め込まれている対比となることからも、この点は考慮すべきであろうか。

しかし、それよりも見逃してはならない点がある。

それは、コバルトの同位体の一つ、コバルト60の存在である。

コバルト60はコバルトの人工放射性同位体で、半減期は約5.3年とされる。

このコバルト60はコバルトに中性子を放射することで生成され、崩壊過程ではβ崩壊を起こしてニッケル60となり、次いで二本のγ線を生じるγ崩壊を起こす。

このγ崩壊を起こすという性質やある程度の長さである半減期から、γ線源として諸々の分野で利用される。例えば、コバルト療法として腫瘍などにγ線を照射する治療に用いられる。その他にも工業や農業など、幅広い分野で用いられている。

その一方で、原子爆弾や水素爆弾の周りをコバルトで覆ったコバルト爆弾という兵器もかつては考えられていた。

これは、核爆発の際に発生する中性子によって表面のコバルトがコバルト60に変化し、爆風によって飛散、広範囲に放射能汚染を及ぼす効果を狙って考案されたという。

しかし、実用性に乏しく理論上のみで終わったらしい。ここでコバルトスプレッドに視点を戻すと、その名称や一度蛙の形をした弾が敵に命中すると炸裂、拡散してさらにダメージを与えるという点、

また同ショットの説明である「死してなお敵を倒す神力」という一文、ないし諏訪子の、かつては王国の王として君臨していた、神奈子の侵略で征服されはしたものの未だ影響力を保持しているという背景などがコバルト爆弾における一度爆発した後、さらに放射能による被害をもたらすという二段構えの攻撃と合致するように思われる。

加えて、『東方地霊殿 ~ Subterranean Animism.』では核融合の力が登場するが、その裏で暗躍していたのは守矢神社の二柱(主に神奈子だが)であり、核の力という点でもその接点を見出すことができる。

これらの点から、コバルトスプレッドは先述のコバルト爆弾をモチーフにしているのではないか、と考えられる。

なお余談ではあるが、先述のようにコバルト爆弾は理論上で終わり、実現はしなかったという点も併記しておきたい。その一点のみに注目するのであれば、幻想郷で引き合いに出されても不思議ではないようにも思える。

さらにもう一点、このショットについて述べておきたい。

そこで着目するのは人工放射性同位体コバルト60の質量数、即ち60である。

例えば還暦という語は、十干と十二支を組み合わせた昔の暦が一巡りして元の干支に戻ることから六十歳(数え年では六十一歳)のことを指す。

幻想郷においても、『東方花映塚 ~ Phantasmagoria of Flower View.』での異変に見られるように60の数字は幻想郷においても重要な意味を持っているらしい。

それは『花映塚』において四季映姫・ヤマザナドゥが”「生まれ変わり」の年”と評していることからも窺えるのではないだろうか(四季映姫は十干と十二支は人間のこじつけと述べているが)。

諏訪子について見てみれば、蛙狩「蛙は口ゆえ蛇に呑まるる」のスペルカードの演出において、とぐろを巻いた蛇の形の後に蛙が跳ねて出現するような弾の形、動きからその演出の奥に生と死の繰り返し、循環といった要素が読み取れると思われる。

或いは、諏訪大社での蛙狩神事が行われる期日は正月一日であり、一年の始まりであることから再生の意味も読み取れるのではないか、と思われる(この点は洩矢 諏訪子考察も参照のこと)。

そして、この生と死の繰り返しや再生、循環、輪といったモチーフは『風神録』にとって大きなテーマの一つと考えられる。

それは神奈子が自らのシンボルとしている蛇も、再生の象徴であり、またその形状が大きな輪であることなどからも窺うことができる。

このことから、諏訪子の力を用いた装備の中に輪に関連した語(つまり60という数字)が含まれているのも、偶然ではなかったのかもしれない。

蛙符「手管の蝦蟇」

手管とは、人をあやつる駆引のてぎわ、人をだます手段、情夫、間夫などといった意味を有する。

このうち、蛙や蝦蟇といった語は冒頭で述べたように諏訪子が蛙の姿をした神様であることに由来するのであろう。コバルトスプレッドにて蛙の形の弾が放射されるのも同様の理由であろう。

手管の蝦蟇とは、自在に操れる蝦蟇のことか、それとも蝦蟇を使って人を自在に操るのか。

その意味するところは不明であるが、諏訪子がかつて王国の王であったことを考えると、自らが使役する蛙によって人民を操っていた、ということも考えられなくはないか。

一説に拠れば、御占神事に纏わる俗伝として”蛙の跳ぶ方向によって、その年の御頭を決定した”というものがある。

蛙によってその一年の御頭が決定されるという点では、先の解釈と関連付けられるであろうか?詳しくは未詳である。

さて、その演出について見てみると、ショットのモチーフと思われるコバルト爆弾をより直接的に表現したのか、強力な爆風で周囲を一掃するスペルカードとなっている。

ここで注目したいのは、演出に現れる三つの円である。この三つの円は各々光の三原色の赤青緑に彩られている。

さて、赤青緑の三色の円というと、『風神録』にて神奈子が纏っていた光背が思い浮かぶ。ただし、神奈子の光背と違ってこのスペルカードの中での円の中には文様は見られない。

とはいえ、二柱が同じ神社に属していることから、この演出は決して無関係ではないだろう。

― 出典 ―

  • 『東方星蓮船 ~ Undefined Fantastic Object.(体験版)』 上海アリス幻樂団製作 2009
  • 『東方風神録 ~ Mountain of Faith.』 上海アリス幻樂団製作 2007
  • 『東方地霊殿 ~ Subterranean Animism.』 上海アリス幻樂団 2008
  • 『東方花映塚 ~ Phantasmagoria of Flower View.』 上海アリス幻樂団 2005
  • ※劇中の会話・テロップ、キャラ設定.txt など

― 参考文献 ―

  • 『御柱祭と諏訪大社』 上田 正昭/大林 太良/五来 重/宮坂 光昭/宮坂 宥勝著 筑摩書房 1987
  • 『日本奇談逸話伝説大事典』 志村 有弘/松本 寧至編 (株)勉誠社 H.6
  • 『折口信夫事典』 西村 亨編 株式会社大修館書店 1988
  • 『未確認動物UMA大全』 並木 伸一郎著 株式会社学習研究社 2007
  • 『図説 日本未確認生物事典』 世間 良彦著 柏美術出版社 1994
  • 『図説 妖精百科事典』 アンナ・フランクリン著/井辻 朱美監訳 株式会社東洋書林 2004
  • 『世界の妖精・妖怪事典』 キャロル・ルーズ著 松村 一男監訳 株式会社原書房 2003
  • 『幻想動物事典』 草野 巧著 株式会社新紀元社 1997
  • 『よくわかる「世界の幻獣(モンスター)」事典』 「世界の幻獣」を研究する会著 株式会社廣済堂 2007
  • 『原子力辞典』 安成 弘監修 原子力辞典編集委員会編 日刊工業新聞社 1995
  • 『暦と時の事典』 内田 正男著 雄山閣 S.61
  • 『平凡社大百科事典 5』 大中 邦彦編集発行人 平凡社 1984
  • 『グランド現代百科事典 9』 古岡 秀人発行人 株式会社学習研究社 1972
  • 『ビクトリア現代新百科 5』 渡辺 ひろし編集責任者 株式会社学習研究社 1973
  • 『広辞苑 第六版』 新村 出著 岩波書店 2008
  • 『学研 現代新国語辞典 改訂新版』 金田一 春彦著 株式会社学習研究社 1997
  • 『ジーニアス英和辞典 第3版』 小西 友七/南出 康世編集主幹 株式会社大修館書店 2003
  • 『難読・姓氏・地名大事典 コンパクト版』 丹羽 基二著 株式会社新人物往来社 2006
  • 『難姓・難地名事典』 丹羽 基二著 株式会社新人物往来社 1994
  • 『姓氏・地名・家紋総合事典』 丹羽 基二著 株式会社新人物往来社 S.63

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