前節では、源符「厭い川の翡翠」について述べた。
そこでこのスペルカードは、諏訪子の能力の発現、万物を生み出すような大地母神の母性、豊饒といった神格の表れではないかと述べた。
ここでは、それを起点として関連しそうな事象を見てみたい。
そこでまず取り上げたいのは、諏訪大社下社・春宮、秋宮の両宮に祀られている子安社である。この子安社には、建御名方神の母神・沼河比売命が祀られていることは前節で既に述べた通りである。
そのどちらの社でも、社の周りに奉納物がずらりと並んでおり、他の社とは違った景観を見せている。
その奉納物とは、底を抜いた柄杓である。
これについて春宮の子安社の由緒には、
(前略)…底の抜けた柄杓は水が通りやすいようにお産も楽にと願いを込めて奉納されたものである
と伝え、秋宮の子安社でも
(前略)…水がつかえず軽く抜ける如くに楽なお産が出来るようにとの願いが託されている
と同じく安産祈願の奉納物であることが記されている。
ところで、こうした安産祈願として底の抜けた柄杓を奉納する例は決して諏訪の地だけに見られるものではない。子安神を始めとする安産・子育ての神に纏わる風習としても知られており、例えば利根川流域を中心に分布する産泰さんたい信仰(子安神と同様に安産の紙とされる”産泰様”を祀る信仰)の一部にも、同様の底を抜いた柄杓を奉納する風習があるという。
そのいずれも底を抜いた柄杓が安産祈願の呪物として見られていることが窺える。
余談だが、底を抜いた柄杓の奉納は安産祈願の他、癪(しゃく)の治癒を祈願して諸神に奉納する風習を伝える地域もある。
沼河比売命がそうした風習の一を伝える諏訪大社下社の子安社に祀られているのは、「お諏訪さまの御母神」、「諏訪大神(建御名方神)の御生母の神」と両社の由緒に記されるように、諏訪大社の祭神・建御名方神の母神であることが大きな理由となっているのではないだろうか。
さて、この底を抜いた柄杓を安産祈願の呪物として奉納する風習は、意外な神社でも行われているようである。
その神社とは、洩矢神社である。
その由緒書には、
(前略)…祈願に対しては真に霊験あらたかで
御神徳はふかく厚く諸(もろもろ)の祈願を籠むれば霊験は立ちどころに表れ、
特に産婦などが底抜けの柄杓を奉納し祈願すれば
安産間違いなしといわれる。…(後略)」
と記されている。
洩矢神社に祀られる洩矢神については第3節である程度を述べた。守矢一族の祖神であり、時に守矢一族と同一視され、諏訪大明神(建御名方神)と争ったことは既に周知の通りである。
或いは諏訪大社上社の御神体、守屋山とも関連があったであろうことも述べた。
しかしながら、その時点では具体的な神格・神徳については不明瞭な部分もあった。そのような中で、特に安産に関しての神徳が記されているのは興味深い。
ここで今一度由緒書に眼を通してみると、その最初には洩矢神が一帯の産土神であるといったことが記されていた。
そこで一旦、産土神について着目する。
産土神については第6節で触れたが、一般にはある人に着目した際、その人が生まれた土地を守護する神格とされる。
先祖伝来の総鎮守などを祀る場合もあるが、いずれにせよその生地や先祖発祥の地によって産土神として祀られる神は様々である。
その人の出自に関わるという神格の為か、産土神は時に産神(出産の守護神)として祀られることもあったようである。
このようなことを踏まえて洩矢神が一帯の産土神とされていることを見ると、洩矢神と安産祈願の信仰を繋げることができるかもしれない。
加えて、この例は安産祈願の底抜け柄杓という点によって洩矢神と沼河比売命の間に接点を見出すことができる。
こうした点からも、前節で記した諏訪子の神格、能力と源符「厭い川の翡翠」の一連の関連を窺うことができるのではないだろうか。
コラム.4 ― 山の神と子安信仰、大地母神 ―
前節、本節と二つの節に渡って源符「厭い川の翡翠」について見てきた。
ここで、諏訪子と大地母神の結び付きについて関連しそうな事象として、今一度子安神に着目してみたい。
子安神は前節で述べたように、安産や子育ての神とされていた。その名は平安時代の『三代実録』にも「美濃国児安神」という記述が見受けられ、古くからその存在が信じられていたことが窺える。
しかし一方で子安神は仏教の影響を多分に受けて生じた神格であるらしく、東日本では子安地蔵、関西では子安観音と呼ばれ信仰されることが多いという。
なお、子安神は安産や子育てを祈願する神格を指す名称であり、特定の神を指すものではない。故に多くの神仏が子安神として祀られている。その中には、子安神社の祭神として木花開耶姫命の名を掲げ祀る例もある。
それは、木花開耶姫命が火中出産の神話を持つことに由来するという。
ところで、木花開耶姫命は一般に富士山の神(浅間神社の祭神)としても祀られている。富士山について見ると、諏訪子には土着神「宝永四年の赤蛙」のスペルカードがあることが挙げられる。
宝永四年は富士山が噴火した年でもあり、諏訪子が山の神であるとされることから関連が考えられることは既に述べた。
また、富士山に限らず(これは主に北関東から東北地方にかけての伝承であるが)山の神が女性の出産に立ち会うという信仰が伝えられている場合もある。
もしかしたら、このような観点から源符「厭い川の翡翠」以外にも大地母神の一面を秘めたスペルカードがあるのかもしれない。そこでさらに土着神「宝永四年の赤蛙」について見てみる。
このスペルカードは蛙狩神事に纏わる伝承をモチーフにしているということは既述した。
一方、同じ蛙狩神事をモチーフにしたスペルカードとして蛙狩「蛙は口ゆえ蛇に呑まるる」は、蛇という捕食者と蛙(被食者)、渦巻き形の弾幕、繰り返される演出など、生と死、再生より成る生命の循環の構図と密接な関わりがあるのではないか、と述べた。
この生と死、再生という構図は、大地母神の信仰の一部でもある。
或いは蛙は水や田の神の使いなどとして農耕と浅からぬ関係を持っており、その点からも大地母神との関連を見出すことができる。
大地母神は自然界の万物を生み出す女神であるが、この女神は時として地下や死後の世界の神とされることもあり、死と深く関わりを持っている例も見られる。
また、万物(特に穀物)を生じる際に自身が犠牲となる神も、大地母神として括られることがある。
その姿を『古事記』や『日本書紀』に求めるのであれば、素盞鳴尊に殺害された大宜都比売神、或いは月読命に殺害された保食神が挙げられる(保食神は神社に祀られる際、男性神として祀られることが多いが)。
これらの神話は、素盞鳴尊(或いは月読命)がこれらの神の許に訪れ、大宜都比売神(おおげつひめのかみ)(或いは保食神(うけもちのかみ))はこれを歓待しようとして自身の排泄物などから無尽蔵の食物を用意する。
しかし、それによって素盞鳴尊(月読命)の怒りを買い殺害されてしまう。そして、その死骸から作物が生じ、人間が農耕を始める、というような類似の展開を見せる。
このような自身の排泄物などから食物を生じ、それが原因で殺害され、その死骸から作物が生じて人間が農耕を始める、という型の神話は日本だけではなく東南アジアを中心に広く伝わっており、”ハイヌウェレ型神話”として知られる。
この神話については、収穫という作物の死と、種まきという作物の再生という毎年の農作業の繰り返しの中から生み出されたイメージの反映であると解釈されたりする。
なお、『藤森栄一全集 第十四巻 諏訪神社』には今井 野菊氏の調査報告として、明治初期の変動を潜り抜けて現在にまで残ったミサクチ神の祠の祭神を挙げ、猿田彦神、天宇受売命、保食神、お産神、産土神、役病神、或いは漠然と諏訪大明神の御子神としていることが多い、というようなことが記載されている。
ここで、その中に先述した保食神やお産神、産土神といった神が見受けられることも注目に値するかもしれない。
さて、以上のような点を踏まえて、先の蛙狩「蛙は口ゆえ蛇に呑まるる」が生と死、再生をイメージの要素として含んでいるのであれば、そのモチーフは自身を犠牲として万物を生むような神、或いは大地母神とも関連しているのかもしれない。
もしそうであるのならば、これも諏訪子の神格、能力と密接に結び付いたスペルカードであるということができるのではないだろうか。