橙雑考 鬼符「鬼門金神」について

『東方妖々夢 ~ Perfect Cherry Blossom.』に登場した橙。

彼女が使用するスペルカードの一つに、鬼符「鬼門金神」がある。今回はこのスペルカードについて着目してみたいと思う。

まず、その名称のうちの「鬼門」について。

鬼門とは、方位に関する俗信の一つで、日本では何かしらの際に悪い方位として忌み嫌う風が強い。また、その風は根強く現在にも伝えられている。

具体的にいうと、その方角は北東(丑寅/艮)であるとされる。この方位は特に家相においてよく用いられ、寝室や座敷、床の間などを造ることを忌む。

さらに門口といった家の出入り口、水屋・便所・風呂や井戸、池といったものも同様である。

加えて、こうした家に纏わる事柄以外にも、縁組や転居先の決定、
墓相といったものにまで鬼門が考えられることもあり、人の生活や生涯においていかに重要視されてきたかという片鱗さえも窺える。

ただし、こうして鬼門を忌む風習(特に家相について)が民衆の間で劇的に広まったのは主に江戸時代末期頃からで、比較的新しい潮流であるということもいえる。そうした流れの中では、例えば『方鑒かん秘伝集』(松浦琴鶴、一八四〇)では北東の門口は大凶で、

必ず衰微病災を主どり産業頑廃ニおよぶ子孫久し難きなり

とあり、『宅方明鑒』(平石白翁、一八四四)に北東の入口は

鬼神妖魔往来し、種々の災難起りて終に其家断絶をするに至る

とある。

これらはその災厄の内容こそ異にするものの北東を悪い方位として忌む点を等しく述べており、当時の鬼門に対する見方を窺うことができる。

一方で、こうした鬼門を忌む風が民衆の間に流行するより以前はその風習を見ることはできないかといえば、そうではない。日本における鬼門を悪い方位として忌む風は古く、平安時代に既に見ることができる。

その一例としては、延暦八(七八八)年に建立された比叡山延暦寺が、都の鬼門守護の為と古くより伝えられており、信仰されてきたことが一例として挙げられる。

この延暦寺の例に見られるように、鬼門による災厄を免れる、鬼門除けの対策としては対象となる地点から見て鬼門の方角に寺社や祠を設けて祀るというものがある。

その他には、鬼瓦を設ける、鬼の像や絵を置く、或いは桃や槐、南天などといった植物を植えるといったことが行われる。

加えて、目的地が現在地点から見て鬼門の方角にある場合は方違えという手段が講じられてきた。

これは直接目的地に向かうのではなく、まずは東に向かって、目的地の南方に達したら北に向かう、といったように北東の方角に向かうことを避ける方法である。


このように、古くより伝えられてきた鬼門であるが、今度はその鬼門の起源について見てみたい。

その起源は、日本からすれば中国の思想、陰陽道や陰陽五行説、或いは陰陽道に影響を与えた道教に求めることができると思われる。

こうした思想の中では、鬼門の他にも鬼門と反対方向になる南西の方角を裏鬼門として鬼門と同様に忌む風習や、北西の方角を天門、南東の方角を地門とするなどといったものも見える。

このうち、裏鬼門については日本でも鬼門と同様重視されることがあり、伝えられている。

それでは、中国では鬼門をどのように捉えてきたのかというと、その認識は日本とは少々異なり、必ずしも凶とは考えられていなかったようである。

中国における鬼門は邪気や穢れを祓い除く辟邪の考えに基づいているともいわれ、その語は『神異経』(東方朔、紀元前二千年頃)に二十八宿のうち鬼宿のある方角として見ることができる。

また、『山海経』(前漢代初期頃とされる)にも鬼門の語は見え、”東海の中に度朔の山があり、その山上には大きな桃の木が三千里に渡ってわだかまっている。その枝の間の北東を鬼門といい、多くの鬼の出入口となっている。”などといった内容が記されている。

なお、ここでの”鬼”は死者の霊魂を意味する”キ”を指しており、これを日本ではいわゆる”オニ”だと認識したので、元よりも負のイメージが強められたのではないか、と考えられる。

加えて、この『山海経』での鬼門には、”神荼しんとう・鬱塁うつりつなる二神の門神がおり、多くの鬼を取り締まっている。害悪をなす鬼は葦の縄で縛り上げ、虎に喰わせる。”といった内容の記述もある。

では、何故北東の方角を忌むようになったのかというと、これには諸説あり定かではない。一例としては、黄塵を巻き起こす風の進路を恐れることに端を発した表現であったとする説などがある。

また、余談ではあるが、日本における方角に関した信仰は中国からもたらされた思想による影響が大きく、鬼門や裏鬼門のように禁忌を伴うものが多い(他には後述する金神、或いは八将神などが挙げられる)。

しかしその一方で、こうした中国の思想とは関係なく、日本には北西(戌亥/乾)を忌む風習が伝えられていた。これは日本の地理的条件から、
北西は災厄をもたらす悪風(悪風には地方によってアナジ、タマ風などの名前が付けられている)が吹いてくる方向であり、警戒すべき方角であると認識されてきた為であると考えられる。

このように方位に関する信仰は種々あるが、今回着目する鬼門について纏めるのであれば、その方角は北東で、日本では悪鬼の往来する非常に悪い方位であるとして忌む信仰が伝えられてきた、といえる。


さて、次に見るのは「金神」についてである。

金神も鬼門と同様、陰陽道・陰陽五行説に由来する神である。それは、金神の名は五行(木火土金水)のうちの金の性の神である為にそう呼ばれるということを考えれば頷けると思われる。

金の性であるが故にその性格は荒々しく、祟りが強い恐ろしい神であるとされる(その正体については、巨旦大王の精魂であるとされることもある)。一方で、金神には大金神、姫金神、巡り金神といったものがいるともされる。

また、金神は年によっている方角が決まり、金神がいる方角を犯す(建築・土木工事、縁組、婚姻、転居、旅行など)ことをすればその祟りは”金神七殺”といって家の中の人間を七人死に至らしめる。

もし家の中で足らなければ隣の家にまでその祟りが及ぶという。その年によっている方角が変化するという点では鬼門と異なるが、いる方角に対して禁忌があるという点では類似しているともいえる。

その方角について、貞享三年以後の暦掲載の説(中国の通書より)では、

  • 甲・己の年…午、未、申、酉
  • 乙・庚の年…辰、巳
  • 丙・辛の年…子、丑、寅、卯、午、未
  • 丁・壬の年…寅、卯、戌、亥
  • 戊・癸の年…子、丑、申、酉

に金神がいるとしている。

ただし、一年の間その方位にずっとい続けるのではなく、中には遊行日、間日があってその日は金神が別の場所に移動しているので金神のいるとされる方位を用いてもある程度は大丈夫、というようになっていることもある。

なお、『頭書長暦』(小泉光保、一六八八)では遊行日には季節に基づくものと日常的なものとがあり、間日は季節に基づいて決められている。しかし、小泉光保自身はこれらの日については否定的な見解を示していたらしい。加えて、これらの日は節切りや不断の撰日によっては、同じ日でも金神のいるとされる方角が異なるといった矛盾が生じる可能性を孕んでいるようである。

このような金神に対する信仰は、おおよそ十一世紀頃より民衆の間に広まるようになり、十六世紀には頒暦にも掲載されるようになっていったという。

この他、西日本では荒神信仰とも結び付いて、金神を屋敷神として祀ることもあるという。さらに、近世では金光教や大本教といったものにも関連している。


長くなってしまったが、以上が「鬼門」や「金神」のおおよその概要である。

こうして両者を見ると、先述したようにどちらも陰陽道・陰陽五行説や道教の思想に深い関わりがあり、一定の方角を悪い方位として忌むという類似点が挙げられる。また、金神については丑寅(艮)の方角と重ねて”艮の金神”としてより一層畏怖する風も見られる。

このような思想的な背景や重なりから、「鬼門」と「金神」の語が並べて配され、スペルカードの名として冠されたのではないかと考えられる。

無論、橙自身が「凶兆の黒猫」という二つ名を持つように、日本でも黒猫が広く凶兆とされることも、悪い方位として忌む風を伝える信仰の名をスペルカードとしたとも考えられよう。

加えて、その弾幕が四方八方へと弾を拡散させるものであることも、両者が方位に纏わる信仰であることと関連すると思われる。

なお、橙の同系列のスペルカードは、屍解や奇門遁甲といったいずれも道教思想に深い関わりを持つ語を包含しており、”道教思想と密接に関連する”という点でこの系列のスペルカードを括ることもできそうである(さらにいえば、Hard、Lunaticのものはどちらも方位と関連があり、方符「奇門遁甲」が”方”の字を冠するのもその為であろうと考えられる)。

― 出典 ―

  • 『東方妖々夢 ~Perfect Cherry Blossom.』 上海アリス幻樂団 2003

― 参考文献 ―

  • 『暦と時の事典』 内田 正男著 雄山閣 S.61
  • 『日本民俗大辞典 上』 福田 アジオら編集 株式会社吉川弘文館 1999
  • 『民俗の事典』 大間知篤三ら編集 岩崎美術社 1972
  • 『日本を知る事典』 大島 建彦・大森 志郎ら編集 株式会社社会思想社 S.46
  • 『日本民俗宗教事典』 佐々木 宏幹ら監修 三秀社 1998
  • 『日本民俗語大辞典』 石上 堅著 桜楓社 S.58
  • 『修験道辞典』 宮家 準編集 株式会社東京堂出版 S.61
  • 『神話伝説辞典』 朝倉 治彦・井之口 章次ら編集 株式会社東京堂出版 S.47第12版
  • 『日本神祇由来事典』 川口 謙二編集 柏書房株式会社 1993
  • 『新装新版 中国文化伝来事典』 寺尾 善雄著 株式会社河出新社 1999
  • 『中国神話伝説辞典』 袁珂著 ・鈴木 博訳 株式会社大修館 1999
  • 『故事名言・由来・ことわざ総解説』 三浦 一郎他51名分担執筆 株式会社自由国民社 1985
  • 『増補版 運勢大事典』 矢島 俯仰編著 株式会社国書刊 H.8
  • 『図説日本呪術全書』 豊島 泰国著 株式会社原書房 1998
  • 『すぐわかる 日本の神々 聖地・神像・祭りで読み解く』 鎌田 東二監修 株式会社東京美術 2005

この記事を書いた人