雑考 飛鉢「フライングファンタスティカ」、飛鉢「伝説の飛空円盤」について

聖 白蓮のモチーフになっている『信貴山縁起』の伝説。

その中に登場する命蓮(『星蓮船』では白蓮の弟として描かれていた)は、修行によって鉢を飛ばして食物を運ばせ、瓶を飛ばして水を運ばせていた。

ある時長者の倉に飛んで行ったが、長者は食物を乗せることなく、しかも鉢を倉の中に置き忘れて帰ってしまった。しばらくすると倉が揺れて浮き上がり、倉から抜け出した鉢は倉を乗せて命蓮のいるところ(信貴山上)に飛んで行ってしまった。

長者は命蓮に「どうか倉を返してください。」と頼んだが、命蓮は「誠に不思議なことだが、勝手に来たので倉は返せない。ここはそうしたものはないから置いておきたい。ただ、中の物だけは持ち帰って良い。」という。

長者は、「中の物だけをどうやって運べば良いのでしょうか。」と聞くと、命蓮は一俵の米俵を鉢に乗せて飛ばした。すると、残りの米俵も雁が連なって飛ぶようにして長者の家に戻って行ったという。

さて、鉢は僧尼が常に所持する食器で、その語は梵語の”patra”の音写鉢多羅に由来する(なお、訳では法に応ずるという意味から”応器”あるいは”応法器”と訳される)。

この鉢を飛ばして托鉢することを”飛鉢(ひはつ) “という。また、そのための法を飛鉢法ということも。

一方、水瓶を飛ばすことを飛瓶といい、飛鉢と共に僧の験力を象徴する。

飛鉢については今回取り上げた命蓮が特に有名であるが、他にも泰澄、浄蔵、法道仙人などに説話が伝えられるという。

ところで、スペルカード名の「フライングファンタスティカ」は”Flying Fantastica”、直訳で”飛行する幻想的な物”とでも言えば良いだろうか。

その意味するところは先述した伝説の空飛ぶ鉢(弾が円形に並ぶ様子は鉢を俯瞰した図に見立てられるか)と思われる。

あるいは、円形のガイドラインで弾が連なっているので、先述した伝説では最後の部分の、長者の家に米俵を返す様子を含意していると考えられるかもしれない(なお、ここで挙げられている”Flying”や”Fantastica”はそれぞれUFO(Unidentified Flying Object)または『星蓮船』サブタイトルのUFO(Undefined Fantastic Object)の”F”に当たる単語から構成されているといえそうである)。

一方、上位スペルカードの飛鉢「伝説の飛空円盤」も同様と考えられる。

ただし、こちらでは”伝説の飛空円盤”という文字のみを見ればUFO(Unidentified Flying Object)のことも連想できる。

『星蓮船』で登場したUFOは、実際は封獣 ぬえの正体不明の種を付けられた飛倉の破片であった(飛倉の名は『信貴山縁起』(第三巻)に記述あり)。

正体不明の種が付けられていない飛倉の破片は、『キャラ設定とエキストラストーリー.txt』のエキストラストーリーでは木片として描かれていた。

方や『信貴山縁起』(第三巻)では、

その倉も今に朽ち破れて、その木の端をも露ばかり得たる人は守りにし、

毘沙門つくりたてまつりて、持したてまつる人は

かならず徳つかぬ人はなかりけり。

などと記されており、破片はお守りにしたり毘沙門像を作ったりしたと伝えていることが窺える。

スペルカード中で放たれる弾が札弾であるのは、四角形の形状が倉の破片を連想させやすいか、あるいはお守りなどにされたという点から呪(まじな)い的なニュアンスが込められていたのかもしれない。


さて、朝護孫子寺には『信貴山縁起』の命蓮の飛鉢に由来する空鉢護法堂が存在する。

興味深いのは、この堂に祀られる空鉢様は巳(へび)の姿、龍神として現れるという話である(『日本神話伝説伝承地紀行』より)。

『星蓮船』では、飛倉の破片に付いていた正体不明の種は(鳥の姿に変化したりもしたが)蛇の姿として伝えられた。

この正体不明の種を付けた張本人であるぬえは妖怪・鵺をモチーフとしている。

しかし、様々な動物の特徴を持つ鵺の中でも蛇がクローズアップして描かれている(ぬえの外見に蛇がある、蛇(スネーク)を名に冠するスペルカードを行使する)のは、この空鉢護法堂、つまり飛鉢(及び飛倉)との関係を表すものだったのかもしれない。

― 出典 ―

  • 『東方星蓮船 ~ Undefined Fantastic Object.』 上海アリス幻樂団 2009
    • (劇中の会話、キャラ設定とエキストラストーリー.txt など)

― 参考文献 ―

  • 『寺社縁起 日本思想体系20』 桜井 徳太郎/萩原 龍夫/宮田 登校注 株式会社岩波書店 1975
  • 『日本神話伝説伝承地紀行』 吉元 昭治著 免誠社株式会社 2005
  • 『岩波 仏教辞典 第二版』 中本 元/福永 光司ら編 株式会社岩波書店 2002
  • 『例文 仏教語大辞典』 石田 瑞磨著 小学館 1997
  • 『広辞苑 第六版』 新村 出著 岩波書店 2008
  • 『ジーニアス英和大辞典』 小西 友七/南出 康世/編集主幹 株式会社大修館書店 2001

この記事を書いた人

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東方Project から神社と妖怪方面を渡り歩くようになって早幾年。元ネタを調べたり考察したり巡礼・探訪したりしています。たまに他の事物も調べたりします。
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