今回のネタは『東方星蓮船 ~ Undefined Fantastic Object.』のステージ5ボス、寅丸 星の名前について。
信貴山における毘沙門天の信仰からすぐさま寅(虎)を結び付けることはできるのですが、では星の名はどこから?と疑問に思ったので調べてみました。
まずその手始めとして各々の文字について。
寅
今回の物語の中心人物である聖 白蓮は平安時代に描かれたという絵巻物、『信貴山縁起』の中に登場する命蓮の伝説、その命蓮の姉の尼公をモチーフにしています。
また、飛倉の破片も同絵巻の命蓮の伝説に由来しています。その信貴山にある朝護孫子寺(信貴山朝護孫子寺)には聖徳太子が物部守屋討伐の祈願をすると毘沙門天が現れて秘法を授かったという伝説があります。
その日は奇しくも寅の年、寅の日、寅の刻であったため、毘沙門天の使いは寅(虎)とされるようになったと伝わります。
星は虎の姿をした妖怪であり、またその容姿として髪の毛が金髪に黒髪が混じった髪を持つ、衣装にも虎柄の布地が見える、テーマ曲の名が「虎柄の毘沙門天」であるなど、虎との関連はここに端緒があると考えられます(なお、同様に毘沙門天信仰が盛んな鞍馬寺でも『鞍馬蓋寺縁起』に伝わる縁起には鑑禎(がんてい)上人が霊夢を見た日時より同様に寅(虎)が重要視されています)。
丸
単体の字では考えにくいので、後の”寅丸”の項にて一考したいと思います。
星
今回の雑考の主題。
上記のように寅(虎)と毘沙門天、信貴山とは簡単に結びつくのですが
何故星がここで出てくるのでしょうか?これについていくつか資料を採集したので一考してみます。
そこで、毘沙門天や寅(虎)から星にリンクしそうな事柄を挙げ、そこから考えられることを述べていきたいと思います。
- 朝護孫子寺では二月三日に鬼追式と共に星祭を行う。なお、この星祭は生まれ年の星に対して除災・招福を祈願するものだそうです。
この点で、白蓮のモチーフになった場所から星への関連が見出せるでしょうか。
ただし、星祭は朝護孫子寺に固有の行事ではなく一般的なものなので、関連としては線が薄そうです。 - 『仏祖統紀 巻三十一』に
> 楞厳経毘沙門為(二)星宿之主(一)…
という記述があり、これより毘沙門天が星宿の主として認識されていたことが窺えます。これより、毘沙門天から星への関連が見出せるのではないでしょうか。
また、毘沙門天は四天王、十二天の一多聞天と同体とされ、北方の守護神とされます。
一方で、北の天空には北極星や北斗七星といった信仰上で重要な星々があります(星の信仰は特に中国で盛んでしたが)。
毘沙門天の北方の守護神の神格と北方の星とが結び付けられたのかは分かりませんが、もしかすると、こうしたところから結び付いたのでしょうか。 - 寅年の守本尊は虚空蔵菩薩とされているようです。虚空蔵菩薩は虚空のように無量の功徳を包蔵しているといわれる菩薩で、虚空蔵求聞持法の本尊としても知られます(余談ですが求聞持法に関しては妖夢のスペルカードや阿求の能力にもその名が見えますね)。
一説には明星は虚空蔵菩薩の化身とされます。この点から、寅→虚空蔵菩薩→明星(金星)と関連付けることができるのではないでしょうか。 - 朝護孫子寺と同様、毘沙門信仰が盛んな鞍馬寺。同寺は昭和二十四年に鞍馬弘教を開き、その後の鞍馬寺での説明では今から約六百五十万年前に金星から魔王尊が飛来し、鞍馬山に降臨したと伝えられているようです。
金星は明けの明星や宵の明星のように星の中でも注目されるものでした。また、金星より飛来したという逸話は、UFOなどに着想を結び付けることができるかもしれません。
加えて、鞍馬弘教では毘沙門天は太陽、光明の象徴としていますが星の操る弾幕は通常弾幕もスペルカードもレーザーを使うものであり、関連が見出せるかもしれません。
なお、魔王尊の名はあらゆる魔障を征服、屈服させる王ゆえに魔王尊と称するとのことですが、この点は魔と称しつつも浄化という語も冠するスペルカード、光符「浄化の魔」を連想できるかもしれません。
以上が、採集した限りでの毘沙門天や寅(虎)と星について関連しそうな事項とそれについての雑考です。
さて、この他にも幾つか情報を発見したのでそれらについても一考しておきたいと思います。
寅丸
“寅丸”、或いは”虎丸”といった単語についての資料は今回見付けることはできませんでした。
しかし、日本の毘沙門信仰において毘沙門天と寅(虎)の間に深い関連があることは先述の通りです。そこで、その観点から”毘沙門(天)丸”、あるいは”多聞(天)丸”といった単語があれば、毘沙門天と寅(虎)との関連から寅丸の姓に結び付けることはできないでしょうか。
そこでまず”毘沙門(天)丸”の語について見てみると、上杉謙信が自身の居城である春日山城に毘沙門堂を建て、一説にはその一角を”毘沙門丸”と称したという事例が見えます。
また、上杉謙信は将士に自分達は正義の軍で、天の加護があると激励したという逸話もあるようです。
この逸話から”正義”という語が見えることから、スペルカードに光符「アブソリュートジャスティス」や光符「正義の威光」を持つ星と関連付けることはできないでしょうか。
続いて”多聞(天)丸”の語について見てみたいと思います。
そこで挙げるのは楠木正成です。この正成は、正成の母が信貴山(朝護孫子寺)に祈願を行って誕生し、幼名”多聞丸”と名乗ったという逸話が『太平記 巻第三』(主上御夢事付楠事)にあります。
正成はその業から臨川寺より悪党と呼ばれることもありましたが、その一方で忠義に厚い人物として描かれたようです。
こちらも、朝護孫子寺との関連や正成の忠義に厚いという人格から星へ関連付けることができるかもしれません。
以下余談。
マルハナバチ(膜翅目ミツバチ科)の種類の中に”トラマルハナバチ(Bombus diversus Smith)”という名の蜂がいるそうです。
その生態の中で目に留まったのは、メスは冬を越えた後に温度変化の少ない地中に巣を作るため、ネズミなどの古巣を利用することもあるということ。
『星蓮船』でネズミといえばナズーリン。思わぬところで意外な接点を見付けることができました。
そういえば、蓮は古語で”はちす”ともいいますが、これはその実が蜂の巣に似ていることからそういわれるのだそうです。ということで、蜂から蓮、ひいては名に蓮の字がある白蓮にリンクできるかもしれません。
完全に余談かと思ったのですが、一応接点を見付けることができたので記させて頂きます。
ということで、いずれも決定打とは言い難いですが(いや、毘沙門天は星宿の主というのはいけるかも)、それなりの接点を見出すことはできたように思われます。
以上をもって、寅丸 星の名についての雑考を終えさせて頂きたいと思います。
― 出典 ―
- 『東方星蓮船 ~ Undefined Fantastic Object.』 上海アリス幻樂団 2009
― 参考文献 ―
- 『寺社縁起 日本思想体系20』 桜井 徳太郎/萩原 龍夫/宮田 登校注 株式会社岩波書店 1975
- 『岩波 仏教辞典 第二版』 中本 元/福永 光司ら編 株式会社岩波書店 2002
- 『仏教用語事典』 須藤 隆仙著 株式会社新人物往来社 1993
- 『例文 仏教語大辞典』 石田 瑞磨著 小学館 1997
- 『修験道辞典』 宮家 準編集 株式会社東京堂出版 S.61
- 『ヴィジュアル版 世界の神話百科[東洋編] エジプトからインド、中国まで』 レイチェル・ストーム著 山本 史郎/山本 泰子訳 株式会社原書房 2000
- 『大正新修大蔵経 第四十九巻 史伝部一』 長宗 泰造再刊発行責任代表 大正新修大蔵経刊行会 S.39再刊
- 『十二支の動物たち』 五十嵐 謙吉著 (株)八坂書房 1998
- 『石仏十二支・神獣・神使』 森山 隆平著 株式会社星雲社 S.58
- 『日本民俗宗教事典』 佐々木 宏幹ら監修 三秀社 1998
- 『日本神話伝説伝承地紀行』 吉元 昭治著 免誠社株式会社 2005
- 『角川日本地名大辞典 29 奈良県』 「角川日本地名大辞典」編纂委員会・竹内 理三編者 株式会社 角川書店 1990
- 『古寺巡礼 京都 27 鞍馬寺』 遠藤 周作/信楽 香仁著 株式会社淡交社 S.53
- 『京都・山城寺院神社大事典』 平凡社編 平凡社 1997
- 『日本古代中世人名辞典』 平野 邦夫/瀬野 精一郎編 株式会社吉川弘文館 2006
- 『日本奇談逸話伝説大事典』 志村 有弘/松本 寧至編 (株)勉誠社 H.6
- 『太平記 一 日本古典文学大系39』 後藤 丹治/釜田 喜三郎校注 株式会社岩波書店 1960
- 『原色昆虫図鑑 [第3巻]』 安松 京三/朝比奈 正二郎/石原 保著者代表 株式会社北隆館 1996
- 『昆虫の事典』 吉川 晴男監修 株式会社東京堂出版 S.52第13版