キスメ。
彼女は、夜道を歩いている人間に落下してくる妖怪、恐るべき井戸の怪である。
その種族は、釣瓶落とし。
今回は、その彼女に焦点を当てていたいと思う。
そもそも”釣瓶”とは、井戸の水を汲み上げる為に縄や竿の先に取り付けられた桶のことをいう。
故に”釣瓶落とし”とは、引き上げられていた釣瓶が、何らかの拍子で井戸の中に垂直かつ急速に落下してゆく”様子”を表す言葉であった。それがいつしか、その言葉のように主に大木の上からいきなり落ちてくる怪異、妖怪をそう呼ぶようになったのである。但し、地域によっては”釣瓶下(おろ)し”などとも言ったりする。
しかしその動作は一様ではなく、上から落ちてきて人間を笑い脅かすだけと伝える地域もあれば、落ちた先にいる人間を取って食べてしまうと伝える地域もある。
その他、釣瓶落としが落下する回数については、上下運動を繰り返す場合もあったようである。
ところで、この上下運動を繰り返すという点につい見てみると、劇中のキスメも、曲調の変化と共に登場した最初から、通常弾幕の一番目において、弾幕を展開しつつ上下に移動を繰り返すという動作と一致する。
また、彼女の出現場所が地底へと通じる、暗く狭い洞穴であることも洞穴を巨大な井戸と見立てればまさに釣瓶があるべき場所であり、これらの要素は共に彼女が釣瓶落としという妖怪であることを印象付ける要素であることが窺える。
次に釣瓶落としの姿について見てみよう。
釣瓶落としの姿もまた地域によって様々で、人の頭の形のものから、井戸の釣瓶そのものであるもの、鞠のような形のものまでいる。
ここでキスメの姿とこれらの釣瓶落としの姿を比較すると、キスメの”顔だけを釣瓶から出している”という姿は、どうやら先の人の頭の形のもの、井戸の釣瓶そのものの二つを組み合わせた姿のように見受けられる。
また、一度に落ちてくる釣瓶落としの数は一般的に単体のように思われるが、実は五つや六つ、複数個が同時に落下してくることもあったようだ。
さて、この釣瓶落としがどのような地域で伝承されてきたか、その分布を見てみると主に近畿地方周辺に伝えられていたようである。
しかし、実際はより広く、全国的に分布していたという。但し、その伝承の多くは釣瓶落としを名無しの怪異や別の妖怪として伝えた例が認められる。
故に、”釣瓶落とし”という明確な名前と共に具体的な姿で語られた地域は釣瓶落としに類すると思われる怪異に対してはあまり多くなく、やはり近畿や東海地方を中心として分布していたようである。
この辺りの妖怪としての重視度、恐怖の度合いが或いは彼女をステージ1の中ボスという地位に定めた一因かもしれない。
さて、今まで釣瓶落としの概要をなぞってきたが、ここで釣瓶落としの談の一つを紹介してみたいと思う。
江戸時代に怪談を集めて記した書物『百物語評判』には、”京都西院のほとりで、大木の枝に鞠のような火炎が上下している”という目撃譚が載せられており、これを”釣瓶下し”といっている。
一方で鳥山石燕は『画図百鬼夜行』にて、同様に大木の近くで上下する火炎を”釣瓶火”として紹介している。
ここに挙げた例のように、釣瓶落としは何も釣瓶の姿だけではなく、明かりも無いような夜道の傍にある大木の周りで上下する火炎として語り伝えられることも少なくなかったようである。
寧ろ、先に挙げた近畿や東海地方以外の地域では、この火炎の姿で語り伝えられるものの方が多かったともいう。
さてこのように人気も火の気も無いような場所に出現する火炎を、鬼火と呼ぶことはご周知の通りであろう。とすれば、キスメの能力”鬼火を落とす程度の能力”もこの釣瓶落としの伝承から説明することができる。
怪奇「釣瓶落としの怪」
このスペルカードについても同様である。このスペルカードでは、太いレーザーを本体として、周辺に緑色の丸弾を無数に発生させる。
そして、レーザーが落下した後、暫く時間を置いて時間差で緑色の丸弾が画面下へと落下してゆく。
ここで、釣瓶落としが発生させる鬼火について『百物語評判』では、その火は陰陽五行説に基づくと陰火(陰の気を持つ火)であり”木生火”の関係によって、長年の年月を経て気が満ちた古木が生ずる、物を焼かない火である、と説明されている。
この説明から鑑みると、弾幕の中で生じる弾は確かに烈火や猛火を想起させる鮮烈な赤ではなく、どこか暗さを残す紅(べに)色に近いレーザーや緑色の弾である。
この色彩についても、先のように見ることができよう。
また前述したように、釣瓶落としが一度に落とす怪異の数は単数とは限らない。故に、その弾数についても納得が行くであろう。
さて、最後になってしまったが、彼女の名前についても一考してみたい。
“キスメ”というその名前には、どのような意味が込められているのであろうか。
これについて、筆者は二つの案を得た。
その一つ目は、”著(き)す”+”女(め)”である。
“著(着)す”とは古語で服を着させる、を始めとして複数の意味を有するがそのうちの一つに”叩く、一発くらわせる”という意味がある。
この語に女を当てると、”叩く(少)女”、”一発を食らわせる(少)女”となる。キスメは釣瓶落としであり、夜道を歩く人間に真上から落下してくる。そして頭をぶつけるという。
この様子から、キスメを”著す女”として、先のような意味として捉えることはできないだろうか。
もう片方は、”蔵(きす)む”という古語からではないか、とする考えである。
この”蔵む”という語は、”隠す、大切にしまう”という意味を有する。
今作で焦点を当てられているのは、幻想郷の地下に封印された妖怪達である。それ故、”隠す(隠された)”という意味はそのテーマに符合するものがある。
また、封印される妖怪達は決して蔑ろにされた訳ではない。
その存在が脅威へと転化しないようにする為、封印する側の者達は封印される側の者達に丁重に接することは、十分に考えられることである。
故に、”大切にしまう(しまわれた)”という意味についても符合すると考えられるのだ。
― 出典 ―
- 『東方地霊殿 ~ Subterranean Animism.』 上海アリス幻樂団 2008
― 参考文献 ―
- 『妖怪事典』 村上 健司編著 毎日新聞社 2000
- 『日本と世界の「幽霊・妖怪」がよくわかる本』 多田 克己監修 PHP研究所 2007
- 『幻想動物事典』 草野 巧著 株式会社新紀元社 1997
- 『古語林』 林 巨樹/安藤 千鶴子編 株式会社大修館 1997