2.怪・力・乱・神

星熊 勇儀。

その姓は『御伽草子』の大江山酒呑童子の配下の四天王の名に由来していた。

この他にも、多くの要素がこの酒呑童子の物語に端緒を持っていたことは前節の通りである。

一方、そうした中で未だに触れられていない点がある。それは彼女の二つ名「語られる怪力乱神」である。

この「怪力乱神(かいりきらんしん・かいりょくらんしん)」という言葉は、古代中国の思想家・孔子の言葉を纏めたという『論語』(第七)に見ることができる。

そこには、”子不語怪力乱神(子、怪力乱神を語らず)”と記されている。

この中で孔子が”語らず”とした「怪力乱神」とは何か。これは一つの事物を指しているわけではなく、四つの文字それぞれが各々別の事物を指している。

  • 怪: 怪異、不可思議な現象。
  • 力: 勇力、力ずくなことや、それで事を行うこと。
  • 乱: 背乱、常理を乱し、道理や人倫に背くこと。
  • 神: 鬼神、超人的な力を持った存在のこと。

これらを総称して怪力乱神という。一般的にこの語は、不合理で神秘的、或いは超自然的な事物を指すとされる。

さて、先の文では孔子が”語らず”とした、と記したが次にその点について着目したい。

すると、この”語らず”というのは(孔子が怪力乱神について)”(全く)話さなかった”ということではないようだ。

では、”語らず”という言葉の意味するところは何だったのであろうか。

それは、”(詳しくは)話さなかった”というようなニュアンスであったようだ。つまり、世にある怪力乱神、怪異や武勇伝、鬼神の霊験などの非現実的な話について一言もその口から語らなかった、その一切を全否定するというような姿勢ではなく、それを頼りにしてはいけない、というように部分的に否定したというように捉えるのが一般的な解釈のようである。

この点について、幾つかの文ではこの言葉が出現した背景を当時は逆に迷信じみた信仰や説話、存在が幅を利かせていた為ではないか、と解説していた。

この点を踏まえた上で勇儀の二つ名を見てみたい。

孔子は”怪力乱神を語らず”としていたが、一方の勇儀の二つ名は「語られる怪力乱神」であり、まずその語呂から孔子の言葉を捩ったものではないかと考えられる。

さらに、先述の背景から”語られる”という部分を汲み取ると、勇儀は肯定的に詳しく語られた、ということになるであろうか。

確かに星熊童子の登場する酒呑童子の物語は『御伽草子』に収容されて後代にも伝えられた。

その伝承の中で酒呑童子についてはその生い立ちや容姿、退治されるまでの経緯などが詳しく記されている。

そうした伝承を持ち、かつ人々の間で語り伝えられたという点が、”語られる”という部分と結び付くのではないだろうか。

次に、怪力乱神の語と勇儀の関連に着眼する。

まず、鬼は怪異を為す存在、根源とされた。また超人的な力を有し、怪異を為すことによって人を惑わし、時には常理を乱すことさえあったと思われる。

或いは、酒呑童子の物語では都から姫君達を攫うという点で人倫に背いていると見ることもできよう。

加えて、鬼という存在自体が超自然的、霊的な存在である。つまり、鬼は「怪力乱神」の各々の要素を備え得ると考えられる。

その上で勇儀もまたその性質を備えており、鬼を怪力乱神と見るのであれば勇儀の二つ名は自身を表すに相応しいものであったといえよう。

故に彼女は「怪力乱神を持つ程度の能力」を有し、鬼符「怪力乱神」という、「鬼」と「怪力乱神」の双方の名を携えたスペルカードを行使するともいえるであろう。


ところで、勇儀が怪力乱神のさまを備えているとすれば、次のようなことも考えられないだろうか。

旧都で霊夢・魔理沙と対峙した勇儀は、二度の通常弾幕の後に鬼符「怪力乱神」のスペルカードを行使する。

それは、それ自体が攻撃であると同時に、この後に次々と不合理で不可思議な現象を起こすぞ、という宣言であったのではないだろうか、ということである。

勇儀はスペルカード行使後、立ち去ることなく画面中に居座り、攻撃を続ける。

さらに会話を挟んだ後、次のスペルカード怪輪「地獄の苦輪」(或いは枷符「咎人の外さぬ枷」)を行使する。

苦輪とは、生死輪廻の苦しみが輪のように続くこと、またその苦しみや束縛を意味する。

このうち、怪輪「地獄の苦輪」に着目してみると、その頭には”怪”の文字が見出せる。

さらに続いて行使されるスペルカードは”力”業と冠されている。即ち、鬼符「怪力乱神」の後に行使するスペルカードの頭には続けて”怪”、”力”の文字が冠されており、怪力乱神の前半の文字と一致するのである。

この点から、鬼符「怪力乱神」は後に続く一連のスペルカードの起点、伏線となるものではないか、と考えられる。

その考えを継承すると、先述のようにこのスペルカードは後のスペルカードを行使する為の宣言のようなものでもあった、と見ることもできるのではないだろうか。

コラム.2 ― 勇儀に纏わる文様 ―

勇儀の角と杯には、黄色の星が描かれている。

それは彼女の容姿のアクセントになっているが、星が描かれる理由については、彼女自身の姓”星”熊に由来するのではないだろうか、と考えることができよう。

それは何も勇儀に限ったことではないが、さり気なく衣装などに文様が描かれていることも多い。

勇儀の場合、自身のスカートには流水文に紅葉(或いは楓か?)を配した文様が描かれていることも特徴として挙げられよう。

流れる水の様子を描いた流水文といえば、同じ鬼である萃香にもその文様を見ることができる。

それは、『東方萃夢想 ~ Immaterial and Missing Power.』のジャケット表に描かれた萃香のシルエットにある菊水文(流水に菊の花を配した文様)である。

そこに配されている植物は紅葉の葉か菊花という部分は異なるものの、流水文という点は一致している。

水は地形に合わせて流れることができ、定形がない。一方の鬼はその語源が隠というのが一般的、或いは幻想郷から去って姿を見せないという幻想郷の鬼の特徴が”表面上には姿を現さない”という点でそれとなく関連する為に、萃香、勇儀の両名共に流水文を配したのではないか、と考えることができるであろうか。

詳細は未詳だが、流水文には鬼に纏わる何らかの意味が込められているのかもしれない。

※尤も、八坂 神奈子のスペルカード行使中の背景にも流水文に紅葉と似たような文様が配されているのを見ることができる。
ただし、こちらは風神であることと、諏訪大社の神紋が梶の葉であることから文様の意味するところは風と梶の葉と見ることもできる点を留意したい。


ところで、勇儀に纏わる文様はもう一つある。

それは、スペルカード行使中の背景に描かれている霊獣の姿である。

その正体は、おそらくは獅子(唐獅子)であると思われる。何故かというと、同背景には獅子の他に、獅子と共に配されることが多い渦巻きの模様が描かれている為である。

そこで、ここでは唐獅子について見てみたい。

唐獅子の起源は、その名が表すように獅子、即ちライオンであるという。

名前にある”唐”は、唐の時代に唐獅子の造形が定まった為であるとされる。

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獅子のデザイン(直接の関連はないが参考までに)
獅子のデザイン(直接の関連はないが参考までに)
渦巻き模様(一例)
渦巻き模様(一例)

そこで中国に獅子、ライオンに纏わる事物が伝わった記録を見てみると、漢の武帝の時代頃には西との交流路も開け、西方より実物のライオンが持ち込まれたらしい。

一方、西方では権威付けや装飾の為に玉座などの両脇にライオンの彫刻を配することが行われていた。

これがインドに伝わると、仏像で仏の座す台座の脇に獅子が刻まれ、”獅子座”と呼ばれるようになった。

この文化も、時代は定かではないが仏教の伝来と共に中国に持ち込まれたという。すると中国では、この獅子座の文化などから次第に獅子を霊獣と見做すようになっていったようだ(実物のライオンと獅子座の伝来時期に整合が取れない為、互いに影響したかどうかは疑問が残るが)。

そうして変遷を辿るうちに、廟や墓の前、或いは殿舎といった建造物に獅子が刻まれるようになった。

それは、古くはエジプトのスフィンクスに見られるような古代オリエント辺りに発祥する思想が影響したものとも考えられているようだ。

そうした墳墓や建造物を守護する霊獣という役割は日本にも伝わった。

それは、神社仏閣の社頭や参道脇に設置される狛犬である。その名については、高麗こま(昔の朝鮮半島にあった)から伝わった為に”狛犬”と呼ばれる、とするのが一般的のようだ。

現在では一般に”狛犬”と総称しているが、昔はそうではなかったらしい。

『類聚雑要抄』(大治年間/一一二六 ― 一一三〇)”后宮御料 用浜床時物云々”の註には

左獅子 於色黄 口開 右胡麻犬 於色白 不開口在角

と記されている。

これは、御帳台から見て左(向かって右)に獅子が位置し、その黄色で口を開く。

一方の右(向かって左)に胡麻こま犬が位置し、白色で口を閉じており、角がある、ということである。

この記述にあるように、昔は”狛犬”という一種類の霊獣からなるものではなく、”獅子”、”狛犬”という二種類の霊獣が一対となっていたことが窺える。

ただし、その起源は共に古くまで遡ればやはり古代オリエントの思想やライオンであったらしい。

それが経由地やその過程での変遷から別種の霊獣と考えられるに至ったらしい。

日本でも古くはその思想を継承し、別種の霊獣と見做していたようだ。

※なお、余談ではあるが日本に獅子・狛犬が伝わった当初(奈良から平安時代頃といわれる)は宮中で御簾みすや几帳きちょうなどを押さえる鎮子ちんす(重し)代わりに用いられていたらしい。
その後、神社仏閣に配されるようになったが、その位置は社殿の奥で人目に触れることはなく、それが時代が下るに連れて次第に社頭、参道と社殿から離れてゆき、大衆の目に触れるようになったのはかなり後であったという。

さて、別種の霊獣とされていた獅子・狛犬だが、それは時代が下るにつれて区別が曖昧になり、やがて狛犬と総称されるようになっていったようだ。

また、その区別が曖昧になる過程には他の要因も考えられるようだ。

それは、日本にはつい近世までライオンを見た者がおらず、獅子・狛犬は全く空想上の霊獣と見做された為に、その姿形が曖昧であったということだ。

そこで、身近な犬をモチーフにして狛犬の姿を想像した為に、次第に狛犬と総称されるようになった、という考えもある。

いずれにせよ、日本においては獅子のモチーフとなる存在は希薄で、殆ど空想上の存在という点では、唐獅子は不可思議なもの、或いは神秘的な霊獣といえるだろう。

そのどこか現実世界から離れたという点では怪力乱神、鬼の勇儀と関連が見出せると思われる。

それ故に、彼女のスペルカード行使中の背景に唐獅子が描かれたのかもしれない。

― 出典 ―

  • 『東方地霊殿 ~ Subterranean Animism.』 上海アリス幻樂団 2008
    • 劇中の会話、キャラ設定.txtなど
  • 『東方萃夢想 ~ Immaterial and Missing Power.』 上海アリス幻樂団/黄昏フロンティア 2004
  • 『東方求聞史紀 ~ Perfect Memento in Strict Sense.』 ZUN著 一迅社出版 2007

- 参考文献 -

  • 『日本民族伝説全集 第九』 藤澤 衞彦もりひこ著 株式会社河出書房 S.30
  • 『御伽草子』 市子いちこ 貞次ていじ校註 株式会社岩波書店 1979
  • 『鬼の伝説』 邦光 史郎著 集英社 1996
  • 『日本民俗大辞典 上』 福田 アジオら編集 吉川弘文館 1999
  • 『論語』 吉田 賢抗著 株式会社明治書院 S.54改訂版
  • 『故事ことわざ辞典』 野口 七之輔・日本書院編集部編 日本書院 S.62
  • 『故事名言・由来・ことわざ総解説』 三浦 一郎他51名分担執筆 株式会社自由国民社 1985
  • 『日本の酒文化総合辞典』 荻生 待也編著 柏書房株式会社 2005
  • 『Truth In Fantasy54 神秘の道具 日本編』 戸部 民夫著 株式会社新紀元社 2001
  • 『古事類苑 器用部一』 吉川 圭三発行者 株式会社吉川弘文館 S.54
  • 『岩波 仏教辞典 第二版』 中本 元/福永 光司ら編 株式会社岩波書店 2002
  • 『例文 仏教語大辞典』 石田 瑞磨著 小学館 1997
  • 『仏教用語事典』 須藤 隆仙著 株式会社新人物往来社 1993
  • 『平凡社 | 気象の事典』 浅井 冨雄・内田 英治・川村 武監修 株式会社平凡社 1986
  • 『広辞苑 第六版』 新村 出著 岩波書店 2008
  • 『日本文様図鑑』 岡登 貞治著 東京堂出版 S.44
  • 『日本民俗大辞典 上』 福田 アジオら編集 株式会社吉川弘文館 1999
  • 『狛犬学事始』 ねず てつや著 (株)ナカニシヤ出版 1994
  • 『狛犬かがみ』 石原 秀一著 バナナブックス 2006
  • 『狛犬事典』 上杉 千郷著 戒光祥出版株式会社 2001

- スペシャルサンクス -

  • 「日本の鬼の交流博物館」館長様 (手紙、同梱資料)

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