星熊 勇儀/雑考 ―”三歩”について

星熊 勇儀のスペルカード、四天王奥義「三歩必殺」。

その”三歩必殺”の語の意味するものを推測するならば、三歩の間合にいる相手は必ず倒す、或いは三歩で必ず倒す、といったところでしょうか。

ここでは、”三歩”に纏わる伝承として個人的に目に留まったものについて記してみたいと思います。

それは、古代インドの神ヴィシュヌに纏わる逸話です。

ただし、ヒンドゥー教や古代インドの神々や神話、伝承は『東方地霊殿 ~ Subterranean Animism.』のストーリーとは関わりがありません。

さらに、鬼が直接関連しているわけでもありません(関連といえば、現在の我々が思い描く鬼の姿のモチーフの一端を仏教の地獄や獄卒や羅刹、夜叉が担っていたという程度でしょうか)。

従って、「三歩必殺」、或いは『地霊殿』の幾つかの要素とヴィシュヌ神に纏わる伝承の間に共通点や類似点があるとしても関連性は薄いと考えざるを得ないでしょう。

その為、ここでは”一縷の可能性があるかもしれないという説話の紹介”に留めたいと思います。

さて、ヴィシュヌはヒンドゥー教の三大神のうちの一柱とされています(他の二柱はブラフマーとシヴァ)。

また、ヴィシュヌは世に悪が蔓延った際にはそれを打ち負かす為にこの世に化身(アヴァターラ)として降臨するといわれているようです。

その化身の数や姿形については諸説あり一定しませんが、数は十で、姿形は動物では魚や亀や猪といった姿で、またある時は神クリシュナ、またある時はブッダとして顕現したというのが一般的な説のようです。

その第五の化身、ヴァーマナ(小人の意味)の逸話に”三歩”が関わってきます。

その逸話の舞台となったとき、天・空・地は魔王バリに支配されていました。

ある時、ヴァーマナはバリに近付き願い事を叶えてくれるように頼みました。

バリはこれによって三界(天・空・地)を失うかもしれないと判っていましたが、これに応じました。

そのヴァーマナの願いとは、自身が三歩で測れる分だけの土地が欲しい、
ということでした。

バリはこれを承諾しました。

するとヴァーマナは突如巨人と化して二歩で宇宙を跨いでしまいました。三歩目の分がなくなってしまいましたが、バリは自分の頭を踏み台にするように言って、ヴァーマナは三歩目を踏みました。

一説には、これによってバリは地底に追いやられ、地底の国を治めるようになったともいわれるようです。

そうして、ヴァーマナは世界をバリの手から取り戻したと伝えられています。

一方で、ヴィシュヌ神自身に焦点を当ててみます。

その名の語幹である”vis”は”行き渡る”という意味を有し、またその存在は遥か古代『リグ・ヴェーダ』にも歌われていました。

ただし、『リグ・ヴェーダ』中では今日のヒンドゥー教のヴィシュヌ神に見るような活躍はなく、数多いる神々のうちの一柱だったようです。

ヴィシュヌ神を讃えた歌というのは小六篇ほどの讃歌で、その内容は多い方ではありません。

しかしながら、その性格は太陽神、若しくは太陽の照射、太陽光線を神格化したものであったようです。

先述した讃歌の中でも、世界を三歩で跋渉した(測量したとも)神と歌われており、ここにも”三歩”の語が出現しています(ただし、その三歩目は先程のヴァーマナの伝承とは違い、『リグ・ヴェーダ』では最高天にあると歌われていますが)。

また、”三歩”の語は短い讃歌の中で頻出しており、三歩のうちに万物が安住する、或いは、その最高歩(最高天)には蜜が満ちている、といった言葉があるようです。

なお、この”三歩”というのは、太陽の三態(日昇、中日、日没)を表しているという説もあります。

さて、ここで視線を戻してみたいと思います。

『東方地霊殿 ~ Subterranean Animism.』のストーリーでは、最後に太陽の力(核融合)を宿した霊烏路 空が登場します。

また、「三歩必殺」では三歩はおろか、画面全体に弾幕が及びます。

ここで画面をプレイヤーに明示されている”世界”であるとするならば、「三歩必殺」はその”世界”全体を覆い尽くす、というように見ることもできるのではないでしょうか。

この点では、三歩で宇宙(世界)を跋渉するという先述の伝承や讃歌の内容と類似していると思えないでしょうか。

このように、”三歩”の語を起点として太陽が導かれ、地底という語や、弾幕の演出についても言及できるということは興味深いと思われます。

― 出典 ―

  • 『東方地霊殿 ~ Subterranean Animism.』 上海アリス幻樂団 2008

- 参考文献 -

  • 『ヴェーダ アヴェスター 世界古典文学全集 第3巻』 辻 直四郎訳者代表 株式会社筑摩書房 S.42
  • 『ヴィジュアル版 世界の神話百科[東洋編] エジプトからインド、中国まで』 レイチェル・ストーム著 山本 史郎/山本 泰子訳 株式会社原書房 2000
  • 『世界神話辞典』 アーサー・コッテル著 左近司 祥子/宮元 啓一/瀬戸井 原子/伊藤 克己/山口 拓夢/左近司 彩子 柏書房株式会社 1993
  • 『南アジアを知る辞典』 辛島 昇/前田 専学ら監修 株式会社平凡社 2002
  • 『「世界の神々」よくわかる本』 東 ゆみこ監修 造事務所著 PHP研究所 2005

この記事を書いた人

アルム=バンド

東方Project から神社と妖怪方面を渡り歩くようになって早幾年。元ネタを調べたり考察したり巡礼・探訪したりしています。たまに他の事物も調べたりします。
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