7.源符「厭い川の翡翠」 ~ 母なる大地

八千矛神(やちほこのかみ)(大国主命の別名の一つとされる)は、高志国(こしのくに)(現・福井県、富山県、新潟県の辺りの総称)へ妻問いに向かった。

その相手は、沼河比売命(ぬなかわひめのみこと)。

沼河比売命の殿に到着した八千矛神は歌を詠み、戸越しの沼河比売命に求婚する。沼河比売命は心あると同時に、今夜会うことはできないという歌を返した。そこで八千矛神は一日待ち、次の日の夜に二柱は晴れて結ばれることになった。

このように伝わるのが、『古事記』や『先代旧事本紀(せんだいくじほんき)』に記された八千矛神の神話の一部、沼河比売命への妻問いの場面である。

『古事記』ではこの後に嫡后(おおきさき)・須勢理比売命(すぜりびめのみこと)の嫉妬を買った旨の記述、八千矛神・須勢理比売命との間の贈答歌が続く。

この神話に登場する沼河比売命について、『延喜式』神明帳に越後国頚城郡くびきのこおり十三座の一に”奴奈川(ぬなかわ)神社”の名が見える。

加えて、平安時代中期の字書『倭名類聚抄』には越後国頚城郡十郷の一つに”沼川郷(訓は”奴乃加波(ヌノカワ)”)”と記されており、この地に関わる女神であることが判る。

ところで、『万葉集』巻十三雑歌には

沼名河の底なる玉求めて得し玉かもあたらしき君も老ゆらく惜くも

という歌が詠まれており、”沼名河”と”玉”に関連があることが窺える。

ここでの”玉”とは、古来より東洋で重宝された宝石である。

ただし、そう呼ばれる鉱石は硬玉と軟玉の二種類があり、外観や色・性質は互いに酷似しており判別が難しいという。

この二種類の玉のうち、ここでは硬玉に注目する。硬玉とは、翡翠のことである。

日本では、縄文時代の遺跡から翡翠製の勾玉が出土するなど、古代よりアクセサリーとして、また呪具として重要視されていた。そのような翡翠の、転石や加工途中の未成品が出土した場所が姫川という川の下流であった。

姫川は新潟県糸魚川市と頚城郡青海おうみ町との間を流れており、上流には翡翠が出土したことで有名な小滝川(姫川の支流)と青海町橋立地区が存在する。

なお、両所は現在天然記念物に指定され、採取は禁じられている。

このような点から、姫川は先述の沼川に比定される。

また姫川の流域では、糸魚川市の天津神社境内に奴奈川神社があるなど、沼河比売命を祀る神社も多い。そして、姫川は歴史上度々氾濫を起こした為、俗に”厭い川”とも称されたという。

ここで、”厭い川”と”翡翠”とが結び付く。

源符「厭い川の翡翠」

洩矢 諏訪子が四番目に行使するスペルカードの端緒はここにある。

翡翠は特有の翠緑色を呈する鉱石で、翡翠の名もその色の羽を持つ鳥・カワセミに由来する。故にスペルカード中の緑色の粒弾はこれを表していると考えられる。

加えて、川の両岸を模すように弾が二列に並び画面上部より崩れるという動作は、先述した姫川の氾濫の様子を表すとも見て取れる。

川が氾濫するということは、川岸の崩壊を意味する。なお、”イトイガワ”の地名は”崖・崩落”を表す”イタ”の転訛であるという説も、一説には存在する。

ところで、このスペルカードの舞台となっている場所は新潟県糸魚川市とその周辺であり、諏訪との関連が不明瞭に思われる。

そこで糸魚川と諏訪を繋ぐのが、沼河比売命である。

何故ならば『出雲国風土記』などには、沼河比売命と八千矛神(大国主命)の間の子が建御名方神であると記されているからである。つまり、沼河比売命は諏訪神(大)社の祭神の母神なのである。

その為に、現在諏訪大社では沼河比売命にちなんだ”翡翠おみくじ”なるおみくじを引くことができる。

その説明には、

諏訪大社の母神 高志奴奈川姫が祀られる新潟県糸魚川市より多く産出されるこの石(翡翠)は、古代より高貴な人々が勾玉などの御守として身に着けた貴重な石です。

とあり、諏訪と糸魚川とが結びつくことが判る。

翡翠おみくじ
翡翠おみくじ

しかしここで新たな疑問が生じる。

今作において諏訪の建御名方神の役回りを担っているのは神奈子である。

ところが、実際にスペルカードを行使しているのは諏訪子である。

これは何故であろうか。

筆者はこれについて、沼河比売命が建御名方神の”母神”であるからこそ、諏訪子が行使するのだと考える。

先の文で”母神”を強調したのは、ここで注目すべきは”どの神の”母神かということではなく、誰かの”母神”であるということを述べたかった為である。

さて、母という存在は偉大である。

女性は子供を生む能力を持ち、母となって生まれてきた子供を慈しみ、育む。

そうしたイメージからか、万物を生み出す神を女神として表現する例は洋の東西を問わずに多い。

このような女神のイメージはしばしば、穀物を芽吹かせ育てる大地に重ね合わされた。こうした、大地に宿って自然界の万物を生み出すような女神の神格を、大地母神という(例としてはギリシャ神話のガイアが有名であろうか)。

大地母神は、万物を”生む”という力から、”母”というイメージ・神格を窺うことができるが、もう一つ重要な役割を持っている。それは、大地から穀物を育み食物をもたらす力、つまり豊穣神としての神格である。

ここで思い出して頂きたいのは、諏訪子の能力である。

「坤を創造する程度の能力」

“坤”とは易で大地を意味する字で、乾(天)とは対をなす。また、この”坤”の字は”母”をも象徴する。

『易経』には

乾を天となし、円となし、坤を地となし、母となす

と記されているという。では、「坤を創造する程度の能力」、即ち”大地を創造する能力”とは具体的にどういった能力なのであろうか。

それは、先述した大地母神の神格のような働きなのではないだろうか。”坤”の字が大地と母を意味することもその能力と大地母神を関連付けるように思われる。

しかし、さらにもう一点見てみたい。

それは、神奈子の「乾を創造する程度の能力」である。乾は坤と対で天を意味し、神奈子の能力は”天を創造する能力”ということになる。

この”天を創造する”とは、神奈子の風神としての神格や幾つかのスペルカードなどから、風を操ることで天候を操作する、ということだと考えられる。

雨や風を司るという事は、

つまり農業の神として祀られていた

「キャラ設定.txt」

と風雨が農業・農耕と直結しているのは、神奈子が農耕にとって不可欠な水を恵みの雨という形でもたらすことができる為であろう。

風神と雨との関わりは、ミュージックルームでの「神は恵みの雨を降らす ~ Sylphid Dream」のコメントに記されており、同曲や「封印されし神々」にて水の音が効果音として加えられていることからも窺える。

神奈子は農業の神でもあった。能力が発揮される分野は天・地で対照的であるが、諏訪子の能力も同様に農業と関係があると考えられる。

今作におけるキャラクター達も豊穣を司る秋 穣子や水を操る河城 にとり、風害という一面で農作に関わる射命丸 文など、農業と何らかの面で関わっている者が多い。

そこで諏訪子の大地を創造する能力を農業に結び付けるのであれば、土壌を肥沃にすることで穀物が育つ環境を整え、豊穣をもたらす、ということになると思われる。

諏訪子が穀物が育つ土壌を整え、神奈子は植物にとって不可欠な水を雨という形でもたらす。この二柱の能力は組となって、より確実な豊穣を約束するであろう。

これを踏まえて今一度、源符「厭い川の翡翠」を見てみよう。

先程のように諏訪子の能力を大地母神の働きと解するのであれば、厭い川の翡翠と諏訪子に接点が生じる。

その接点が、建御名方神の”母神”・沼河比売命なのである。一般に沼河比売命は、その名の”ヌ”が玉を表す為に翡翠の女神であるとか、八千矛神と結ばれたことから縁結びの神といわれたりもする。

しかし、諏訪大社下社、春宮・秋宮両宮の境内にて沼河比売命を祀る社の名は”子安社”である。また、諏訪大社上社、前宮付近にも”子安社”として沼河比売命が祀られている。

子安とは子供を楽に生むことであり、民俗信仰上の子安神なる神格は安産や子育ての神として崇められる。

諏訪大社下社の両子安社も安産・子育ての祈願を主としており、沼河比売命が建御名方神の”母神”である点が強調されていることが窺える。

その点に着眼すれば、このスペルカードから”母”という要素を導き出すことができるのである。

一方、姫川は氾濫を繰り返してきた為に”厭い川”と呼ばれた。

スペルカードの演出を見れば、画面上部から順に崩落してゆく弾は川の氾濫を表したものと考えられる、という点も一度記した通りである。

川の氾濫は人間やその集落に甚大な被害を与え、それと同時に上流から大量の土砂も運んでくる。しかしそれは、山地から肥沃な土壌を平野にもたらすということでもある。

川が氾濫することで、その大地は肥沃になる。

その側面に着目するのであれば、このスペルカードには大地母神の豊穣神としての神格、諏訪子の能力を垣間見ることができないだろうか。

以上のように考えると、源符「厭い川の翡翠」は単に諏訪の地に纏わるスペルカードというだけではなく、諏訪子の能力の一端を発現したものであるとも考えられよう。

これが、諏訪子がこのスペルカードを行使する理由であると筆者は結論付けたい。


この節では、「厭い川の翡翠」から、姫川の氾濫による肥沃な土壌の運搬、そしてその川と周辺にちなむ翡翠の女神・沼河比売命が建御名方神の母神であることを導いた。

さらに、その各々を大地母神の豊穣神の神格、万物を生む”母”という神格に準え、これらが諏訪子の「坤を創造する程度の能力」に繋がると考えた。

しかしもう一点、このスペルカードを考える上で見逃せない点がある。

諏訪子の「坤を創造する」ことが大地の豊穣や万物を生む母、大地母神の神格と重ね合わせることができるのであれば、諏訪子は万物の源という神格を持つともいうことができよう。

その上で、今一度スペルカードの名を見て頂きたい。

源符「厭い川の翡翠」の先頭にある文字は、物事の起源を表す”源”であることに気付くはずである。これも、諏訪子の能力とこのスペルカードを結び付ける一つの縁(よすが)と考えられないだろうか。

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