3節 香を嗜む豊穣の神

豊かに稔った農作物を食い荒らそうとする鳥獣。そういった者達を追い払う為に人間によって立てられ、田畑に佇む人形。

それが、我々が抱く案山子の一般的なイメージであろう。

特に稲田に立てられることが多い為、案山子もまた秋の風物の一つとして知られ、和歌の世界では秋の季語として、その名を連ねている。

一本足の人形の姿で慣れ親しまれてきた案山子は、最近ではあまり見かけることはない。

しかし、未だに案山子を立てる地域が多いのもまた事実である。

そんな、根強くこの世に留まっている案山子の語源を辿ると、意外な事実が判明する。

“カカシ”とは、元々は”嗅がし”の意味であったというのだ。

元々は、ボロ布を焼いたものや動物の死骸といった悪臭を放つものを木の枝の間に挟んだり、串刺しにして田畑の周りに備え付け、その臭いで動物を追い払うというものであった。

つまり、”動物を追い払う”という役割の観点から見ると、カカシが人の形を模す必要性は無いし、また、最初から人の形であったわけでもないようだ。

田畑に鳥獣を寄せ付けない為の道具を指す単語はオドシ、ソメなど何種類かあった。

それが、時代が下るに連れ遠方との文化の交流が盛んになり、いつしかそういった役割を持つもの全般をカカシと呼ぶに至ったようである。

では、何故わざわざ人の形に似せることが必要となり、それが伝播して行ったのであろうか?

――田畑に人間の見張りがいると鳥獣に錯覚させる為に人の形に似せた。

それが、この問いに対する最も単純明快な回答であろう。確かにその意図も含まれていたのかもしれない。しかし、実は別の理由が存在するのだ。

それは、稲田を守護する田の神を招き寄せ、その神霊を宿す依代という役割である。

人の形をしたものに神霊は宿りやすい。また、田の神が宿った案山子は神様そのものである。

故に、その霊的な力で田畑を荒らそうとする鳥獣を退けてもらおうと考えた結果が、案山子を人の形にさせたのだ。

ちなみに、田畑に神聖な領域を表す注連縄を張り巡らせて、注連縄の持つ霊的な力で鳥獣を寄せ付けないようにする所作も見受けられる為、霊的な力で田畑を守ろうとする考えは、決して案山子のみに見られる特殊なものではない。

では、実際に案山子が霊的な存在と見做された例を二つ挙げてみたいと思う。

まず、『古事記』上巻に登場する久延毘古という神である。

美保の関に大国主命ら一行がいたとき、海の彼方から流れてくる舟があった。

その舟には小人が乗っていたが、その場にいた神々の誰一人としてその小人の神の正体を知る者はいなかった。

そこで久延毘古を尋ねると、久延毘古はその小人の神の正体が少那彦名神であると語った。

この久延毘古の様子は、

足はあるかねども、天下のこと尽く知れる神にありける

と記され、山田の曾富騰という別名も含めて、久延毘古は案山子の神であるとされるのだ。

次に、”カカシアゲ”と呼ばれる祭事を紹介しよう。

この祭事は、ソメの年取り(ソメは案山子の別名の一つ)やトーカンヤ(旧暦十月十日にこの祭事が行われる例が多い為)とも呼ばれる。

その概要とは、十月十日に案山子を田からあげ、家の中に迎え入れる。

迎え入れた案山子を家の中に立て、その手に熊手などの農具を持たせ、食物を供える。そして、稲田を守護してもらったことを労って祭るのである。

この祭事には、案山子が稲田を守護する田の神として考えられ、その神を祭るといった様子が窺える。

なお、一般的には案山子の宿っている神は田の神と考えられているが、地域によっては山の神が宿っていると考えている地域もあるようである。

そして、この習俗が行われているのは中部地方、特に長野県の中部から北部にかけて盛んであるという。長野県の中部には、諏訪がある。

「神さびた古戦場 ~Suwa Foughten Field」といった劇中の幾つかの名称から窺えるように、今作を語る上では諏訪は決して欠くことができない重要な場所である。その為、この”カカシアゲ”の習俗も有力なヒントとなると思われる。

さて、ここまで案山子の沿革を辿ってきた。

ここで現在の話題の渦中にいる穣子との接点を挙げてみよう。その為には、まず劇中での穣子の発言を引用する必要があるだろう。

神様たる者、身に纏う香りにも気を付けないと

あ、ちなみに私は豊穣の神ね

この発言を始め、霊夢と穣子の会話の大半は匂いの話題が占めている。

また、キャラ設定.txtには

いつも果物や農作物の甘い香りを漂わせ

ていると記されている。

これらの記述から、穣子という豊穣の神を語る上で、”匂い”という要素が欠かせないことが窺える。

ここで、先述の通り、案山子は嗅がしの意味である。

匂いの性質は悪臭と芳香であり、お互いに決して相容れない対極の匂いではあるが”その身から匂いを発している”という要素は共通している。

また、案山子に宿るとされる神は豊作を司る神であり、その性格も一致している。

そして、案山子に宿る神は、収穫を終えると家の中に迎え入れられ、祭られる。

一方の穣子も、

里で行われる収穫祭に特別ゲストとしてお呼ばれされている

「キャラ設定.txt」より

しかし、この祭りは本来、案山子に宿った神が稲田を守護したことを労うものである。

当然、案山子に宿る時期は収穫されるより前でなければならないし、そうでなければ神が稲田を守護することもできない。つまり、折角稔った米も鳥獣に食い荒らされてしまう可能性があるからである。

そして、穣子は

収穫前に呼ばれないと、豊作は約束できない

「キャラ設定.txt」より

と言っている。スペルカード、豊作「穀物神の約束」もこれを示しているとも考えられる。

とずれば、テーマ曲「稲田姫様に叱られるから」の叱られる理由も納得できよう。

穣子が収穫前の稲田に招かれ、その稲田を守護しなければ鳥獣に食い荒らされ、豊作になることは無いからだ。

豊作を司る稲田姫命が、豊作を約束する役目を全うしていない穣子を叱るのも無理は無い。

また、案山子に宿っていた神は収穫を終えると山に帰る、と伝える地域は多い。

先の通り、案山子に宿る神が山の神であると考える地域もある。この点から、穣子がステージ1「妖怪の”山”の麓」にいたことも頷けよう。

以上見てきたように、穣子と案山子、また案山子に宿る神には共通点が多く見受けられる。

このことから穣子は、案山子に宿り田畑を守護する、素朴で特別な名も無いような”豊穣の神”をモチーフにしていると考えられるのだ。

案山子が家の中に迎え入れられて、人々に祭られるほど身近な存在であったように、穣子もまた、幻想郷の里の人間と積極的にふれあい、密着した形態で信仰されているのだろう。

― 出典 ―

  • 『東方風神録 ~Mountain of Faith.』 上海アリス幻樂団製作 2007
  • ※劇中の会話・テロップ、ミュージックルームのコメント、キャラ設定.txt)
  • 『東方紅魔郷 ~the Embodiment of Scarlet Devil.』

- 参考文献 -

  • 『民俗の事典』 大間知篤三ら編集 岩崎美術社 1972
  • 『「日本の神様」がよくわかる本』 戸部 民史著 PHP研究所 2004
  • 『すぐわかる 日本の神々 聖地・神像・祭りで読み解く』 鎌田 東二監修 株式会社東京美術 2005
  • 『日本民俗宗教事典』 佐々木 宏幹ら監修 三秀社 1998
  • 『日本民俗大辞典 上』 福田 アジオら編集 吉川弘文館 1999
  • 『日本民俗語大辞典』 石上 堅著 桜楓社 S.58
  • 『日本神祇由来事典』 川口 謙二編集 柏書房株式会社 1993
  • 『Truth In Fantasy54 神秘の道具 日本編』 戸部 民夫著 株式会社新紀元社 2001
  • 『案山子百科全集 呵呵誌』 佐藤 信二編集 株式会社上山印刷 H.15
  • 『文様の事典』 岡登 貞治著 東京堂出版 S.43

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